残業ありきの職場は...どこかで歪みが出てくる

出社時刻、退社時刻

【1995年6月記載】

  とても疲れてしまった。KさんもTさんもMさんも、もう夜の10時だというのにまだ頑張っている。仕事に対する目標達成意欲がとても高く、ものごとをいい加減に済ませることが厭なのだろう。それに仕事の量もどんどん増えているし、ちょっとでも後回しにしたらそれこそパンクしてしまうに違いない。きっと好きでやっているわけじゃあないと思うけれど、それにしても偉い。それに引き換え最近の私ときたら根気が続かなくなってしまった。8時を過ぎるとガクッと能率が落ちてしまい、思考力も失せてしまう。何度か「もう帰ろう...」と声をかけてみたのだけれど、誰一人として帰ろうとするものはいない。少し後ろめたさは残るけれど、体がいうことをきかない以上残っても無駄なので、この日は帰ることにした。

  頑張る人はいつも頑張る。そうでない人はいつも早く帰る。仕事は効率よくして早く切り上げる方が良いに決まっている。そうすればメリハリがついて仕事に遊びに何事につけても集中できるに違いない。しかし現実は違う。仕事をどんどんこなし、要求されたこと以上の成果を効率よくもたらしてくれる人間には、あれもこれもと、次から次へと仕事が増えてくる。同じ仕事をして貰うにしても、1から10まで一つ一つ指示しなくてはならない人とか、与えた仕事をいつまで経ってもやってこない、何回もプッシュしてやっとしてくる人、或は一応の事はするのだけれどポイントが少しずれている人等、こんな人たちにはなかなか安心して仕事が頼めない。反対にできる人はどんな事でもこなしてしまう。レベルの高い仕事からコピー作業などの何でもないような仕事まで、さっさとやってしまう。仕事は早いし頼りになるものだから、仕事は増える。効率が良くて仕事が増えてしまうのである。だから自然に効率よく仕事をする人は遅くまで頑張ることになる。

  一方、遅くまで仕事をする別のタイプとして、効率が悪く、良く頑張っている割には評価が低く、たぶん今している仕事の目的すなわち、何故、何のために、何をしているのか、をハッキリと捉えていないのではないかと思われるような人がいる。ひとつの事にどっぷりと浸かってしまうタイプである。要領が悪く、手を抜くところと力を入れるところの区別がつかない、頭の硬いのはどうしようもない。いつも夜遅くまで実験をして、数多くのデータを集めて、その整理はするのだけれど、それからの考察が十分できていない。だから次の実験も仮説を持たない実験になってしまい、やたらとデータの多い何をやっているのか分からなくなってしまうタイプの技術者が意外と多いのである。無駄な時間を費やしているだけで、あたかも残業手当を目的に仕事を続けている様なイメージを周囲に与えてしまっている。

  もう一つのタイプはつき合い組である。担当している開発プロジェクトが日程に追われているため、メンバーの誰かがいつも遅くなり、それに引き摺られる様にしてついつい周囲のみんなが遅くなり、誰一人として帰ろうとしなくなる場合である。こういう職場にはストレスが溜り易い。特にやらねばならないといった自発的な目的を持つことなく、遅くまで仕事をすることになるのだから不平不満はすぐに溜る。この様な職場に配属された或新入社員は、普通では考えられないくらいの失望感を会社アンケートに対して示していたことがあった。これは明らかにリーダーの責任だろう。(もしかして、私の職場もこうなのかも知れないが...)

  ただ、早く帰る人間にロクなのがいないのは確かだ。特に管理職でこの種の人間には部下がついて来る理由が無い。部下が一所懸命に仕事をしているのに、いつも「それじゃあ、お先に..。」「後はよろしく..。」では、どんな理由があろうといつも残される者はプッツンするに決まっている。リーダーたるものその集団の全責任を負っているのであり、辛いけれども信頼を得るためにも、メンバーを包み込み防波堤となる役目を果たさなければならない。次元が少し低くなるが、誰よりも早く出社し、一番最後に帰宅するくらいの気持ちがなければならない。人はしっかり見ているものだから。

  一方、早くから出社してくる人は素晴らしいかというと、これもそうとは言えない。仕事の達成意欲が高くバリバリ型の人間は朝も早くから頑張るだろうと思うのだけれど、そうでもない。ただフレックスを使って定刻の始業時間よりも遅く来るということはあまりない。いつも遅く来る人間はむしろパッとしないのが多い。それはそうだろう。就業時間の数字合わせをしながら、一人マイペースで仕事をするタイプなのだから、協調性が乏しく内にこもるのでいい仕事などできる理由が無い。夕方になって他の人が帰り支度をする中で、効率よく集中して仕事ができるのが不思議なくらいだ。よほどの才能が無い限りこういう単独コツコツ型は成功しないし、第一そんなに才能のある人間が普通のサラリーマンになるはずがない。・・・・少し独善的ではあるけれど。

  そんな理由で、最近フレックス勤務制度にも、その有効性に対して少し疑問を覚えてきた。始業時刻が従来の8時から9時へと遅くなり、有給休暇も月平均2日取得できる様になっている現在、その意味あいは無くなってきているのではないか。技術者がそれぞれバラバラに仕事を始め、お昼の会合は単なる一般連絡の場に化しており、仕事の基本である目的の確認や情報交換の場が乏しくなり、技術者同士のコミュニケーション不足によるベクトルの分散と弱体化が進んでいるのではなかろうか。個性はもちろん大切であり、これからの低成長時代を生き抜いていくためにも会社にとって重要であるが、自由放任の促進に陥っているフレックスよりも、ベクトル合わせが容易な始業時統一化の方がよほど意味がある。個性や創造性は必要だけれど、ほんとにそれが発揮できるのは一握りの能力の突出した人でしかない。そんな人は始業時刻がどうのこうのとは言わないはずだ。

  だから、フレックスは考えものだ。時代に逆行するかも知れないが....。