研究所長が"考えること"を放棄した...

巻頭言

【2002年8月記載】

 このところ巻頭言の代筆が続いている。所謂研究所長のゴーストライターである。普通ゴーストライターといえば、前もって何らかの基本ストーリーを打ち合わせして書くのであろうが、私の場合は全く所長の考えや意志は入ってこないので、ゴーストにもならない。かえって、その方が自分の考えで好きなように表現できるので、やり甲斐がある。

 1年前の当社テクニカルレポート「設備機器特集」に始まって、この春には同じくテクニカルレポート「家事・調理特集」の巻頭言をそれぞれ執筆させてもらった。また奈良の労働組合が統合されるのを期に記念誌を出版するにあたっての寄稿も書かせてもらった。そしてこの秋には関西電子工業振興センターの定期雑誌に「進化する家電」という内容で10,000字程度の論文を書くことになった。

「○○ちゃん、今までのこともあるから、ついでにやっといてや」
所長はこともなげにこう言って、すでに自分の役割は果たしたつもりである。

 巻頭言というのは、その雑誌なり報告書の核となる部分であり、その中に全体の論旨が凝縮されているようなものである。執筆者の確固たる哲学や思想が要求されると思うのだが、それをいとも簡単に部下に任せていいものだろうか。しかも何の指針も与えずに、自分の考えのひと欠片も提示することなく、あたかも面倒くさい仕事を部下に振るかのように…。
 今までのトップとは明らかに違う。こういう自らの考えやこれからの方向性について考察するような場面においては、少なくとも上に立つ人は何とかして自らの手でやろうとしていた。ましてや全面的に部下に任せるような事はしなかった。
 しかしこのお陰で、私には未来を考えるチャンスが与えられたのである。実際の所長としての見識を紙上で発揮できるのである。それがたとえゴーストであろうとも。