祇園祭に石見神楽とは...これはいい!

石見神楽

【2018年7月記載】

祇園祭は暑いということは分かっていた。学生時代に身をもって体験していたし、暑さに加えてその人混みの尋常でないことに対してはうんざりしていた。だから、祇園祭の宵山にのこのこと出かける人たちの気が知れなかった。若い人ならいざ知らず、中年や熟年の行くところではないとはっきり言える。その祇園祭の宵山に、翌日に山鉾巡行を控えた7月16日の夜になんぞには、絶対に四条へ行ってはいけなかった。

どこかでその意識が欠落していたのだろうか。よりにもよってその7月16日の夕方から四条河原町そして八坂神社へと出かけることになった。しかも夜の22時近くまで。

6月のはじめ、保育所時代の同級生であるUさんからお誘いを頂いた。7月に八坂神社で石見神楽の奉納があるので一緒に観ないかと。石見神楽と言えば、私の十八番である。正確には、小学生時代に最も得意とした技能であった。何しろ、小学校の一年生の時から卒業するまでの6年間、毎年夏から秋にかけて神楽を練習し、祝日である勤労感謝の日の前日、11月22日の夜に奉納していたのだから。石見神楽と聞けば、飛びつくのはしごく当然であった。

小学校卒業以来、じっくりと神楽を見ることはなかった。観賞するというようなことはなかった。私の結婚式の披露宴に神楽を呼ぼうと父が計画したことがあったが、その時は神楽団のスケジュールがとれなくて断念した。だから、石見神楽は見たかった。機会があれば見たいと思っていた。

そんなこともあって、それがいつどこで行われるかということは二の次だった。だから、二つ返事でお願いした。是非行かせてもらいますと。

今年の夏は厳しい。7月上旬に例年にない大雨が降った。そして、この中旬にかけて京都は3日続きの38度越えである(結局、7日連続の38度越えとなった)。この危険とも言える猛暑の中を、京都へ行くのか…。いよいよ見に行くという段になって、初めて気がついた。今日は宵山である。それはそうだろう。祇園祭の大きなイベントのひとつなのだから、石見神楽は。そんなことも分からずにいたのだから、あきれたものである。

四条河原町でゆったりと夕食をとった後、八坂神社に向かった。もちろん、歩行者天国で、道幅は広くなっているといってもすごい混み方である。なんとか八坂神社にたどり着いたのであるが、すでに舞台では四人舞いが始まっていた。島根県人会のメンバーは、冷房の効いた座敷から観覧できる。特別席である。

お囃子を聴いただけで、それはもう心がウキウキ、手や足は踊り出そうとする。すぐに両眼は舞台に釘付けになった。お囃子や振り付けはとてもなつかしく、ややもすると踊りだしたくなる。いくら50年以上も前のことだと言っても、当時の記憶や経験はしっかりと身に染み付いている。演目は小学生の私が舞ったものとは全く違っていたけれど、基本的なものは変わらない。楽しいし、嬉しい。

久佐西神楽社中のみなさんが演じている。総勢20名近いメンバーで、お囃子だけでも7、8人いる。A4サイズの演目と解説も用意されているので、とても分かりやすい。国際化も十分視野に入れている。英語のナレーションもあるので外国人にも理解してもらえるかもしれない。お囃子は横笛、太鼓と銅拍子で、昔と変わらないけれど、衣装はあきらかに違う。とても華やかで豪華だ。私が舞っていた頃も、衣装は派手だったけれど、ここまで立派なものではなかった。舞いの基本は変わっていないのだろうけれど、少し垢抜けた感じがした。現代風にアレンジした感があって、当時よりも相当派手になっている。

大江山では、鬼の面がやたらにでかい。5倍、10倍の大きさになっているし、天井からはくもの糸が派手に降ってきた。八岐大蛇では、大蛇のつくりが凝っていて、しかも火煙やドライアイスをふんだんに使っているので、とても迫力がある。恵比寿は愛嬌を振りまくだけでなく、観客に向けて派手に飴を撒き散らしていた。サービス精神溢れる舞台だ。

完全なる農村のエンターテイメントであり、古典芸能、伝統芸能としての重厚さは見られない。今に生きる庶民文化のにおいがする。調べてみると、神楽団、神楽社中と呼ばれる神楽団体は100以上あり、今でも石見地方を中心に、盛んなようである。結構この関西でも石見神楽という文字を目にしたりするので、需要はあるのだろう。というか、ある意味凄いと思わずにはいられない。あの過疎の地で、脈々と生き残っていて、しかも大都会を相手にその地位を確立させている。しかしながら、観ていて、舞いやお囃子の完成度はそんなに高くはないし、技能としても荒削りである。その分、これからの成長度は高いといえるかもしれない。土着文化の良さは残しつつ、もっと地域全体でコーディネイトできれば、これは凄いエンターテイメント、ソフト産業になるのではないか。

そんな力強さを、暑い京都で観させてもらうことができた。