それでも結局失敗した。そして、その代償は大きかった...
起死回生
【1998年7月記載】
新しい商品を世の中に出すことは、ちょっとやそっとのアイデアと努力だけではできない。新しい商品アイデアが浮かぶ、それを実現するための基本技術をつくりあげる。ここまでは創造的アイデアや論理的思考でもって、とても斬新と思える技術なり、新しい商品の骨格が出来上がり、担当者としては「してやったり、いい開発ができた」と自己満足にひたるのである。
しかし、これで新しい商品ができあがったと思うのは、大きな誤りである。商品開発の難しさはここから始まるのである。いつもこのレベルでとどまり、真の商品を生み出す苦労を知らずに、新商品を開発したといい気になっているのが、われわれ研究所といわれている部門の開発者たちである。もっとひどいレベルには本社といわれるところの研究本部があるにはあるが、彼らは開発者でもなければ研究者でもない中途半端な位置づけの技術者であり、企業活動の犠牲者なのだから、これは問題外。
今回、この商品開発の苦労だけを荷うことになった開発チームが我が研究室にある。いわば貧乏くじを引かされたのだが、彼らはそれを承知で一所懸命頑張って、今日までやってきた。しかしまだ先は見えない。話はこうである。
およそ二年前、大阪のある開発チームがちょっとしたアイデアを思いついた。フェライトの濾材で水を濾過する洗浄装置のアイデアである。濾過層に溜まったゴミは、水を逆に流して洗い流してしまう。ただし濾材はフェライトでできているので、この時電磁石で引っ付けておくと流出しない。ゴミの洗浄が終了すると電磁石の電源を切って、濾材を電磁石から離脱させ、元のように堆積した状態にして、濾過層を形成する。このようなモデルで、疑似のゴミを使った実験をして、これは行けそうだとなった。新商品への技術ができたとして、社長に見せたのだ。研究本部出身の研究所長も、このアイデアに惚れ込んだのだろう。大々的なプレゼンテーションをしてしまったから大変だ。これは良い、すぐに商品化せよとの指示が出て、給湯機組み込み用の浴槽水浄化装置として商品化することになった。
しかし、風呂水の浄化装置として、実際に入浴しての実験をしてみると、これが全くその機能を果たさない。浄化するどころか、どんどん汚くなっていくばかりで、すぐに装置がダメになってしまう。水の中の細菌が増殖するスピードに、浄化の能力がついていけない。濾過しようにもすぐに目詰まりして、水が循環しなくなる。お手上げである。
社長に言ってしまった以上、できませんでしたでは済まされない。そこで浮かび上がったのが、それまで24時間風呂の浄化方式として使われてきたアルミニウム凝集濾過機構を代わりに採用しようという、すり替え案である。この凝集濾過機構というのは、現在浄水場等で使われている水の浄化メカニズムを参考にして、金属イオンを核に細菌等を凝集させ、大きな塊にすることにより、濾過をし易くするというもので、私たちの研究室で開発した方式であった。今までの実績からいって、今回商品化しようとしている給湯機搭載用での、可能性は十分あったが、この仕様ではコスト、耐久性能やサイズ等の制約が大きく、ハードルは必ずしも低いものではなかった。
案の定、生産事業部からはコストや耐久性能も考えていたレベルよりずっときびしいものが提示されるし、何よりも浄化するための基本的な条件であるお湯の循環量がポンプのコスト面から必要とされる量の3分の1以下に抑えられたのである。けれども、何としても商品化しなくてはならない。しかも、それまで新技術を生み出したとして脚光を浴び、とても高い評価を受けた大阪方式の代役として。残されたのは商品化に向けた陽の当たらない、報われることの無い苦労だけであった。事実、代役として取組みだした開発チームのメンバーは毎晩遅くまで、休日返上でこの半年間やってきた。もう体力的にも精神的にも限界に近くなっている。所長も部長も表立っての積極的な支援はしてくれない、励ましなどという甘いことは一切無い。リーダーのMさんの言葉にも、ため息もしくは泣きごとが混じることが多くなってきた。理論や机上の計画のような特殊な条件の下での商品アイデアだけでは、モノはつくれない。とにかく考えたことを実験で試しながら、一歩ずつ進むしかないのである。それでもこのきびしい制約の中で、目標とする特性を得ることは難しい。もう商品性能を落としてでもよいから、何とか商品といえるものに強引にまとめてしまおうかという状況になってきた。
ところがここに来て、救世主が現れた。いや、現れたというよりも、今までの努力が花咲こうとしている。水浄化に欠くことのできない必要な技術だと信じてやってきた細菌抑制装置が実用レベルで完成したのだ。期待していた以上にコンパクトで高性能のものが出来た。この装置を使うと、細菌が増殖して水が濁る前に、細菌をやっつけてしまうので、水がきれいなままで維持できる。
給湯機搭載用水浄化装置の商品化はすぐ目の前に迫っている。今さら方式をガラッと変えるのは、日程的に大変無理なことではあるが、大切なのは商品としてよいものを出すこと。商品化への執念を持って起死回生の手を打つしかない。ええい、やってやれ。


