学校でのトラブルに父兄はどう対応すべきなのか...やらかしてしまったことは仕方がない

自宅謹慎

【2007年6月記載】

この夏に予定していた次男のオーストラリア語学研修がふいになった。無期の自宅謹慎を喰らったのだ。この研修には処罰を受けるような不謹慎な行動をする者には、参加の資格を剥奪するとの項目がある。したがって、当然のことながら、彼はその資格を欠くこととなったのである。

なぜ、自宅謹慎となったのか。

携帯電話で、友人Aを中傷するようなメールを直接送ったことが、そもそもの発端であった。その友人Aとは、日頃仲も良く、よく行動を共にしていたらしいのだが、先般行われた生徒会の役員にその友人Aが立候補したのだけれど、大差で落選してしまった。ついては、そのことについて普段からその立候補した友人Aのことを良く思っていなかった他の友達Bと一緒になって、落選したことをからかったらしい。主にメールを書いたのはその友達Bだったのだが、メールの差出人は次男である。ショックを受けた友人Aは事の次第を先生に訴えたのである。学校サイドとしては放っておくことはできない。早速当事者たちを呼んで、尋問したらしい。彼は騙し通せるとでも思ったのか、はたまたその雰囲気に呑まれたのか、かれこれ半時間にも渡る先生たちの質問に対して、一言も答えなかったという。おそらく、答えられなかったのだろうが。

今、世間ではいじめに対してとても敏感になっている。とくに学校において、いじめは大きな問題になっているのだから、この件に関しては、先生方も神経質になっていたようだ。有無を言わさず、即、無期の自宅謹慎となった。

それから、一週間というものは、自宅で反省文を書く毎日が続いた。一週間経ったところで、担任と学年主任の先生、二人が、我が家を訪ねてきた。再度今回の件について調査をするとともに、次男の反省状況を確認するためであった。しかし、大の男二人に尋問されては、自宅謹慎をさせられているという負い目もあってか、女と子どもでは太刀打ちできない。一方的な論法に圧倒されて、十分な受け答えができないまま、逆に相互の不信感が深まるばかりであった。

妻は今回のことで精神的に不安定になってしまった。カウンセリングに行きたいという。もちろん、次男が内向性のストレスを抱えてはいないかという心的療法を求めてではあるが、彼女自身も相当まいっているようである。彼女の話を聞く限り、私も一方的な学校側のやり方に対しては憤慨を覚えているのだから、精神的に不安定になったとしてもおかしくない。早速電話で予約した。どこも混んでいて、実際に診察が受けられるのは3週間後となった。たかがメールのちょっとしたやりとりではないか、私の頃なら、こんなレベルの話で大騒ぎする方がおかしい。当人同士で解決させるのが普通である。ばかばかしい。こうなったら学校と勝負だ。先生たちをとっちめてやるしかない。

三日後、学年主任の先生が再度家庭訪問に来られるという。私は早々に会社を退いて、自宅で先生を待ち受けた。

主任の先生は、私を見止めると少し緊張した様子で、前回からの続きである調査や反省点についての質問を始めた。私がいる事で雰囲気が変わったのか、先生の方も、慎重に話を進めようとしているのがわかった。できるだけ客観的に、事実をベースに話を進めようとしている。その態度に、当初の憤りはすぐに消えてしまった。「とにかく事実をはっきりさせて、悪かった点をクリアにしなくては、次男のためにならない」そんな感覚になってきた。そして話が進んでいくにつれて、私たちの気づかなかった彼の側面が現れてきた。やはり、彼は甘やかされて育っているし、その分、自分で判断するということができなくなっている。ストレスも内向きに溜め込んでいる面もあり、発散させる手段も持ち合わせていないようだ。

3時間近くも話しただろうか。根気よく、実際に次男の口から話しを聞き、彼の思いを知ることによって、先生と私たちの意思の疎通がはかれ、それまで抱いていた溝はほとんど埋まったといってよかった。次男に責任があったし、彼の不足している部分をいかにして補っていくか、これからの私たちのとるべき行動を考えさせられるに十分だった。

取るに足らない些細なことだと感じたけれど、次男のこれからのことを考えれば、とても重要なことであったと思えてくる。親の我が子を見る目は、どこかで客観性を失っていることがある。身をもって感じた事件であった。