トレンドをつかむことは必要だけど、自分なりの価値観を持つことはもっと大切だ

流行(ファッショントレンド)

【2023年2月記載】

断捨離を進めていくと、当然のことではあるけれど不用品がたくさん出てくる。妻と私でそれぞれに分担しながらやっている。私は自分の身のまわりを中心に、書籍、ファイル、情報通信機器、CDなどを片付けているつもりだが、なかなか思うようには進まない。ファイルをひとつ手に取ると、それに対する思い出が湧き出て来て、処分しきれない状態が続き、なかなか整理にならない。

ところが、妻の方は日用品、文房具、衣類、装飾品などを主体に家中のタンスや押入れをひとつずつ整理していっているのだが、彼女の方は着実に成果が出ているようで、見る見るうちに引き出しの中がすっきりしてくる。

結婚し、この家を建ててから40年が経とうとしている。この間、一度も大掛かりな整理や片づけはしてこなかったのだから、要らないものはたくさんあるし、あることさえ知らなかった(忘れてしまった)もの、まだ使えそうなものや同じようなものがいくつもあったりして、ゴミとは言わないまでも不用品がたくさん出てきた。汚くなったものや破損しているものは仕方がないけれど、そうではないきれいなもの、新品に近いものはなんとか使えないか考えてみるのだけれど、なかなか難しい。

特に衣類はそのほとんどがまだ着られるもので、捨ててしまうにはもったいないもので、とても多い。少し整理しただけで、ゴミ袋3つ分がすぐに出てきた。サイズ的にはまだ着られるもので、特に妻の場合は体形がほとんど変わっていないので、私の目には捨てるには惜しいものばかりである。私の場合は、特に多いのが背広・スーツで、体形が変わった後につくったもの、購入したもので、今でも着られそうなものがたくさんあった。しかし、今更着る機会もないし、流行遅れの感もあるので、そのほとんどは捨てることになりそうだ。そう、流行遅れだから捨てるのだ。

書籍の場合は、読んだ後古本として売れるだろうけれど、衣服の場合はリユースも可能なのだろうけれど、なかなか古いものとか流行遅れのものの再利用は難しい。自ずと捨てることになり、大量のゴミが出ることとなる。

我が家の整理にあたっては、衣服の整理のウエイトが一番大きいようで、その量は半端ない。何故こうもまだ着られそうなものが着られることもなくいっぱいあるのか。着古すまで着ることもなく、そう2、3年でその流行が変わるたびに、また次の新しいものを買い求めていく。その結果、タンスや押入れにはまだまだ着られる衣服が押し込まれ、タンスの肥やしになっていく。特に私の場合は、通勤時はスーツを着用するけれど、会社では作業服に着替えて仕事をしていたので、スーツはほとんど傷むことなく、数年でタンスの奥へと納まっていく。まだまだ十分着れるのに…。

ファッションにおける流行は、数年で新しい需要を生み出していく。商品そのものの寿命とは関係なく、商品(衣服)の使用年数を縮めてしまう。これって、まさにムダを生み出す源(原動力)となっている。

ところで、最近はファッションにおけるトレンドがぼやけてしまっているように感じる。これといった特長のあるブームは起きていないし、大ヒットブランドとか大ヒット商品が見られなくなっている。いわゆる多様化の流れにより、ひとつのテイストやジャンルに人気が集中しづらくなっているのだろう。加えて、ここ数年のコロナ禍で、人々の外出する機会が減ったことや景気の低迷で、ファッションに対する消費が著しく低下したと考えられる。さらにはSDGsによる消費に対する考え方の変化もあって、それに拍車をかけているのではないか。

今まで着ることができるのに捨てていた服のなんと多かったことか…。それがここに来て、少し風向きが変わろうとしている。考えてみれば当たり前のことなのだが、人の好みには違いがあり、それらを画一的なブランドやスタイルで流行らせようとしたり、やたら新しい流れをつくって本来不必要なものを買わせようとするのはおかしいのであって、自然の流れではない。してはいけないことなのだろう。

もちろん、デザイナーやアパレルメーカーは新しいファッションや商品を考え、作っていくことはやるべきであり、それによって業界が進展していくのだから、それらを否定しているわけではない。あたかもそのトレンドを煽って、人々の利益にならないようなことに駆り立てるのは良くないと思う。

電化製品もしかりで、20年くらい前までは毎年新製品を出して、本当に必要かどうかも分からない(実はその必要性は無いと分かっていても)新フィーチャーを付けて、買い替えを促進し、商品サイクルを無駄に早めていた時期があった。

どのような業界も成熟してくると、無駄な新商品の開発やトレンドを生み出し、世の中に送り出そうとする。私たち消費者は、賢くそれらを見極めていくことが肝要だ。