人の評価は、される側よりもする側の能力が問われる

評価

【2004年5月記載】

 人の評価をするのは難しい。おそらく人間としての評価をするのは不可能だろう。しかし仕事の実績評価ならばある程度その人の経営に対する貢献度を定量化することは可能で、出来ない事もない。実際、仕事の評価は相対的に比較することにより実施しているし、今のところ多少の不満はあるにしても、皆それに従っている。

 仕事の評価となると、限られた原資から報酬を割くことになるので、頑張った、良くやったということで全員一様に良い評価をつける訳には行かないので、どうしてもネガティブな評価結果になりがちである。そこのところをうまく補って、全員が気持ち良く前向きに、仕事をしようという気にさせることが出来ればいいのだが、なかなかそうは行かない。誰しも自分が一番正しい、もしくは一番出来ると思いたい。評価される人間の方が、評価する自分よりも優秀な人間だとは思いたくないだろうから、評価結果はおのずと悪くなる。人の悪い面を探し出し、どこが劣っているのかを指摘するのは簡単だし、実際、評価する者は評価される者よりも、仕事上での地位は高いのだから、そう思い上がるのも無理はない。

 ところで、我が社ではこういった仕事面での評価以外に、年度ごとの個人目標を設定する際、目標設定とは別に、各個人の能力を如何にして伸ばしていくか、個人能力を評価し、それをベースに上司と部下で話し合うというコミュニケーションツールがある。これ自体は年俸や昇進といったものには何の影響もないのだが、結構この評価というものが、評価する側の能力を反映しているようで面白い。つまり、この個人能力の評価は、評価される人の特徴として、見識、人望、器量、意欲はどうか、経営力として、企業家意識、洞察力、決断力、リーダーシップ、人材育成、事業展開力を9段階で見るもので、評価される者が9段階で自己の能力を申請し、評価する者すなわち上司が適切なレベルにチェックし直すというものである。もちろん評価される者すなわち部下にも、その結果はフィードバックされる。これは全く年俸や昇進には影響しない。ただ年間目標を設定する上での目安とするものである。

過去3年間、私は毎年異なる上司にこの評価を受けたのであるが、その評価のやり方は評価する側の人間性を良く表している。評価する人自身の能力が、そこにそのまま出ているように思えるのである。

私自身は、多少のばらつきはあるが、自己申請では、5を中心軸において上下に変化をもたせて、4とか6をつけているのであるが、各上司の評価は次の図に示すような内容であった。

Aの上司はほとんど考えていない。部下の育成には全く興味がないのであろうか。むしろ何の影響もない評価にもネガティブな面をうかがわせるだけで、部下に対して何のやる気も生み出さないような評価を与えてしまっている。ところがBやCの上司は全く違う。怖いまでに部下の特性を持ち上げて、いい面を際立たせて意欲を引き出そうとしている。共に働く仲間としての前向きな姿が窺える。これは上司自身の姿勢が出ているのである。この三人の上司はそれぞれ一年足らずで異動していったわけであるが、その行く先はそのことを明確に表している。BやCは事業部の長として、一国一城の主としての役割を担うことになった。所謂栄転である。しかしAは本社の部下を持たない参事職として左遷されてしまったのである。

評価はされる方より、する方が大変だ。評価には評価する人自身が表れてくる。