グローバル化&ライフスタイルの変化に対応できていないのは...誰だ!
家制度のなごり
【2025年5月記載】
先日、70回目の誕生日を迎えた。古希である。
ところで、最近、写真に写る私の容姿が、祖父に似ているのではないかと思うことがある。祖父は、私が4才になる前に72才でこの世を去った。隣町に出かけた時にお土産(おもちゃ)を買ってきてくれたことくらいしか記憶に残っていないが、祖父の葬儀の時のことは一部だけれど鮮明に覚えている。また、父が祖父と一緒に撮ってくれた写真が残っているが、その時の祖父の顔に似てきたようだ。もちろん、祖父の娘にあたる母ともよく似ている。これはとても嬉しい。祖父と母が私の中で生きているのが実感できるのだから。
祖父には子どもが二人いた。二人とも女で、長女は早くに嫁いでいて、その縁を頼ってか、一度は男子を養子に迎えようとしていた形跡が戸籍からうかがえる。それもあり、二女である私の母は、婿取りをしなければならない立場にあったのだろう。一方の父は、男四人の中の二男であり、婿入りはごく自然であった。戦後、家制度(家父長制)が廃止されてはいたが、まだ家を守るという観念は強かったようである。
ところで、幼い頃からよく母に似ていると言われていたが、祖父に似ているとは思わなかった。外見は母に似ているが、性格はどうも父に似ているところが多く、弟たちもみな母に似ているところ、父に似ているところ様々で、当然ながら遺伝子は半分半分と言ったところだ。家とは関係なしに遺伝子は確実に受け継がれていく。私の意識としては、大切なのは遺伝子を繋いでいくこと、そして、その遺伝子を持った子どもたちが健康で豊かな暮らしを送られるようにサポートしていくことだと思っている。だから、家制度というのはとても奇異な感じがしてしまう。家でもって、人の生き方を束縛しているのだから。遥か昔は家制度によって、人々の暮らしは安定的に維持されていたのかもしれないけれど。
今、妻は実母の世話で相変わらず三次の実家と奈良を行ったり来たりして、身体的にも精神的にも強い負荷がかかっている。なかでも一番ストレスに感じていることは実母が、いつも同じことを繰り返し言うことである。
「この家をどうするつもりなのか」「早く帰ってきて一緒に住むように」「あんた、いつ帰って来るのか」…etc.
家へのこだわりが強く、10年前に私が養子になったこともあり、家を守るという意識が前面に出て来るとともに、子は親があってこそ今があるのだから子どもは親の面倒をみるのは当たり前だというのである。家制度の考え方が残っているのである。家制度が身体に染み付いている。妻や私は今もって家制度に悩まされていると言ってもいい。
その家制度のなごりともいえる夫婦同氏制度が今でも民法に定められている。一般的に言えば、妻は夫の姓を名乗ることが義務付けられているということになる。これも今まさに、国会で、選択的夫婦別姓制度の導入が議論されている。企業においては、DEI(多様性、公平性、包摂性)の観点からその重要性が指摘されているが、保守派からは「家族の絆が壊れる」ということで拒否されており、先行きは不透明のままである。家族の絆って何だということもあるけれど、彼らは間違いなく家制度のなごりを引き摺っているのだろう。
戦後80年経つけれど、これだけ世の中が変わっても、一度刷り込まれた意識(考え)は、一生消えることはないということなのか。

