部下の教育や指導はきちんとしなくてはいけない。が、昨今のパワハラリスクを考えると、それはとても難しくなった...

飼犬が飼い主を噛んだ

【1996年5月記載】

 「犬が人を噛んだではニュースにならないが、人が犬に噛みついたらこれはニュースだ」ということわざを聞いた事があるが、つい先日NHKの特集番組で、最近飼犬がその飼い主に吠えたり噛みついたりするトラブルが頻繁に発生しているという内容のものを紹介していた。人間と犬は有史以前からの仲の良い付き合いなのだが、どうも近頃は人々の生活が豊かになり余裕が出来たのか、人間が犬を必要以上に可愛がりすぎていることに事は起因するらしい。かつて犬にとって人間は絶対的優位に立つ存在で、その指示命令には服従しなければならなかったし、そういうふうに仕付けられてきたという。しかしそれが犬を余りに溺愛するが為、あたかも人間の子どもに接するがごとく扱うため、例えばソファの決まった場所を独占することを許したり、いつも食事は一番先にとらせたりすることにより、犬の方はいつの間にか自分が一番の権力者と思い込んでしまい飼い主を一番下のものと見てしまう。犬の要求にそのまま応えてしまうため、いつしか飼い主と飼犬の立場が逆転し、飼い主が少しでも飼犬の要求に反する行動をとると吠えたり噛みついたりすることになる。犬自身がおのれの位置づけを勘違いしてしまい、その挙げ句のはて飼犬も飼い主も一緒に住めなくなってしまうといった状況に追いやられているというのである。  全く犬を甘やかすのにも程がある。何を思って犬を飼っているのだろう。人間の子どものように、いやそれ以上に、育児のような責任を感じない分だけ、甘やかすだけ甘やかして結局馬鹿を見ているのである。アホらしい..。

  しかし良く考えてみると、これと全く同じ様なことを会社で、仕事上で私たちはしてはいないだろうか。新入社員が職場に入ってきた時、最近では滅多に新人は入ってこないからそれはもうとても嬉しいものだけれど、それ故にどうしても大切にし過ぎてしまう。甘やかしてしまいがちになる。私もそうなのだが、真っ先に良い先輩に見られようとしたり、良い上司に思われようとして、表面的な好印象を与えようとするが為、嫌われたくないと思うあまり、ちょっとした小言に近いアドバイス即ち社会で生きていくための基本的なルールをきちんと教えようとしない傾向にある。その新人を将来にわたって立派な社会人に育てようとする責任感が欠如しているのである。最近の若いものは昔と違って仕付けがなっていないから駄目だというばかりで、先輩や上司としての責任を果たしていない人が多いのではないだろうか。一時凌ぎの表面的な良い人でいたいという、自分にとって好都合な安易な方向に流されることが多分にある様に思う。

  「いろいろ小言を云うのは何だか小心者で、細かいことに拘る厭な上司に見られる。少しくらいの事は目をつぶって我慢しよう、いつまでも上司と部下という関係でもあるまいから..。その内もっと良い部下が来ることもあるさ」
そう思って現状から逃避してしまいがちになる。
 しかし若い人たちの将来に責任を持っている以上、言いにくい事でもきちんと正面から率直に言わなくてはいけない。人に厳しく接するためには自分に対しても厳しくしなければならないが、ガチガチにならない、ほど良い仕付けが今は要求されているのではなかろうか。言葉で表現できないのなら、直接的に嫌われたくないのなら、せめて行動で自ら範を示すしかない。ちょっとばかりしんどい思いはするけれど、黙って態度で示そうか..。