市場の衰退期には、よりユーザー視点が要求される。けれど...

ユニバーサルデザイン

【2005年8月記載】

商品が成熟してくると、機器の性能競争というよりは、デザインであるとか、ブランドであるとか、材料や品質がものをいうようになる。白物家電商品もご多分に漏れず、この領域に入ってきたといえそうである。十数年前なら確実に、日々の新聞紙面の経済欄は、家電商品の新製品情報であふれていたし、企画開発部門の朝一番の仕事はそういった情報をいかに速く、確実に掴むかということであり、常に他社の新製品動向に対するアンテナの鋭さといったものが要求されていた。それが今日では、新製品のパブリシティも激減したし、企業間で商品の性能を競い合うといった様相も少なくなってきた。それにともない、企画開発部門のアンテナも、商品の基本性能にまつわるものからデザインや品質にかかわるものに、指向が変わってきたように思える。

 このような状況の中で当然といえば当然なのであるが、我が社も最近になって「UD(ユニバーサルデザイン)立社」というような企業方針を打ち出そうとしている。すなわち商品力の違いを、表示のわかりやすさとか、操作のしやすさとか、体への負担を少なくするといった、商品の付加的機能でもって示そうとするものである。また、それがとりもなおさず、ユーザーへの訴求ポイントとして重要だと判断したのであろう。商品力の違いを本来の商品性能の優劣を競うことから、いままであまり重要視しなかった商品の付加的機能へと転換しだしたのである。それでしか商品の差別化ができなくなってしまったのである。

 我が社のUDの総本山はどこなのだろうか。実は当研究所なのである。対外的には、大ヒット商品となった「ななめドラム洗濯乾燥機」も「お掃除ロボットエアコン」も、最近話題の商品はすべて当研究所発のUD視点から出たものとされているのである。真実は別として。左遷された先が単なる広告塔であるにしても、我が社の中で最も注目を浴びようとしている部門であるとは、皮肉なものである。

 さぁ大変。そんな研究所の企画に異動してきたのだから、UDの三つや四つは語らなくてはならない。一つや二つは実行していかなくてはならない。否、語れなくても実行していかなくてはならない。ということで、UDと名のつく会議やプロジェクトには、常に参加を余儀なくされているのが現状である。

 しかし、当初はUDについては素人に近く、会議での発言もままならない状態であったのが、半年近くも経つと一端の専門家を装える程度の知識は付くもので、根っからのずうずうしさと相俟って、ちょっとしたワーキングのリーダーができるくらいにまでなってきた。

そんな中で、最近少し気になることが出てきたのである。UDの基本は、何といっても障害を持つ人が健常者と変わらないレベルで生活できることであり、障害を持つ人が楽に、見たり、聞いたり、動いたりすることができることにある。普段の生活の中では、特に動きやすい空間づくりが求められ、段差がないこと、把手や手摺をつけることが必要とされている。身体の自由が利かなくなると段差は堪えるらしいし、手摺があるととても楽に移動できるらしい。実際そうだと思う。

でも、お母さんはどうだったのだろうか(いまさらそんなことは聞こうにも聞けないのだが)。実家はそういった配慮は全くしていなかったし、トイレやお風呂への移動距離も長く、お母さんにとっては決していい環境ではなかったように思う。トイレに行くにも、途中段差は2ヶ所あるし、立ち座りの握りバーはあるものの途中の手摺は一切ない。おそらくトイレへ行くのに10分程度かかったであろう。またお風呂も、当然ながら段差はあるし、手摺も全く付いていなかった。

お金が無くて付けられなかったのか、工事が面倒でやらなかったのか。そんなことは決してない。それは火を見るより明らかである。では、なぜそんな環境下で生活していたのだろうか。生活できていたのだろうか。

おそらく、お母さんは一所懸命頑張っていたのだろう。この24年間、つねにリハビリを心がけて、ひとつひとつが訓練だと思って頑張ってきたのではあるまいか、お父さんと一緒に。当然のことながら、ひとりではどうにもならない時は、お父さんや弟家族の手を借りたであろうし、一緒に暮らす家族いたからこそ、安心して生活することができたのであろう。

UDは必要だと思う。けれど、だからといってそれだけで、より快適に安心して暮らせるとは言いがたい。人々の生活の基本は、やはり家族にあるのではなかろうか。