だれもみな目先の損得で動いてしまう...本来の姿を失って

【2026年3月記載】

幼い頃、母から聞いていたのは、私が生まれた家がある川本町湯谷は天領の地だった…と。近くに大森銀山(石見銀山)があり、幕府直轄の地に含まれていたのだ。また、妻の生まれ育った三次町本通りは石見銀山街道とも呼ばれていて、銀山で産出された銀が山陽方面へと運ばれていたのである。

ところで私の卒論はバナジン酸銀の触媒反応論であった。なので、なんとなく銀は身近に感じる存在である。

しかし、貴金属ではあっても銀は金や白金に比べると数段見劣りがする。オリンピックでも金と銀では扱いが違うし、実際の貴金属相場でも銀は金に比べて二桁以上も違うし、話題にもならない。

ところが、世界情勢の不安定さを背景に、安定資産として金や銀が高騰しており、金は3年前の3倍以上になり、それに連動するかのように銀もここ3年で4倍以上(銀は490円/グラム)にまでハネ上がっている。

銀は金よりも安価であるがゆえに、庶民にも手が出しやすく、また導電性素材としてPVやEVなどの産業用としての需要も高まっていることにより、注目されるようになっている。

話しは変わって先月のこと、入社時からの友人であるAさんがとても面白い話をしてくれた。私たちが会社を退職する時に記念品として貰った純銀製の盾を買い取り屋に持って行ったら5万円で売れたという友人がいたので、彼も実際に持って行ったところ7.5万円で売れたという。

銀が高くなっている…と同時に、創業者の哲学にあらためて触れたような気がした。社員に対する真摯な気持ち…誰に対しても感謝というものを持っていた…それが、退職時における”純銀製の盾”に表れているのだと思う。

そんな時、新聞の広告に、造幣局の記念貨幣発行の案内が出ていた。国立公園制度100周年記念として2種類の千円銀貨を各16,400円で販売するもので、申し込みを受け付け抽選のうえ一人一個限りだという。以前からこの手の記念硬貨が販売されているのは知っていたが、額面に比べて購入価格はその十倍以上もしているので、全く興味が無かった。

しかし、その広告には一個あたり純銀31.1gとある。貨幣価値を無視して今の銀相場から換算してみると15,000円程度にはなる。これは価値がある。どのみちプレミアは付くだろうから、損するリスクはほとんど無い。

貨幣発行の報道発表は昨年の10月31日であり、この時の価格は271円/グラムで、銀としての価値は8,400円程度となる。それが今では倍近くにまでなっているのだから…。

早速、ネットで申し込みを済ませた。当選しますように…。

でも、何か変…。必要でないものを、その時のちょっとした損得で買い求めようとしているのだから。

ところで、記念貨幣といえば、その昔、父が天皇在位記念金貨を買っていたのを思い出す。10万円金貨で、ほぼその額面に近い価格で数枚購入していた。当時、金貨というものは珍しく、とても印象に残っている。評判が良かったのか、その後は頻繁に発行されるようになり、それもすぐに額面の倍以上もする販売価格となっている。それが今では10倍を超える価格となっているのだから、もうこれは貨幣ではない。記念貨幣と銘打って、流通もしない(本来の目的を離れた)装飾品をばらまいているようなものであり、しかも一般の国民には縁がないところで、労力を使っているように思えてしまう。記念貨幣はコレクター間で流通し、庶民には全く関係ないのだから。

造幣局は利潤を追求するあまり、その価値を不透明にした通貨を発行し、本来の責務(通貨への信頼を守ること)を台無しにしてしまっているように感じてしまう。