部下に負荷をかけ過ぎた...その後彼は無事に回復し、元の職場に戻ることはできたけれど

頑張りすぎた

【2000年3月記載】

 “自律神経性抑鬱状態のため2週間の自宅療養を要する”

これがTMさんの病状である。私がこの4月に企画へ移ることが分かってすぐのこと、突然と言うか、ついにと言った方が正しいのだろうが、TMさんが倒れてしまった。ここ2、3年ずいぶんと彼には頑張ってもらった。昨年は第一線に立って、浄化機能付きガス給湯機の商品化に全力を尽くしてもらったし、この1年は浄化殺菌そして洗浄用の水処理機の開発を担当してもらっていた。研究所の方針で、とにかく新しい事業を創出する商品の開発することが第一の目的なので、新しい事業として可能性の高い水まわり機器の開発には期待が大きかった。また事業部も新しい事業のネタ探しには力を入れていたので、自ずと彼のまわりには期待とそれに応じて要求度合いも高くなっていた。

 しかしそれに応えようとするには、われわれが蓄積している技術の幅は狭く感じられたし、あまりにも時間が無さ過ぎた。やらなければならないことは沢山あるし、やりたいのは山々なのだけれど、そうそう簡単に実験は出来るものではない。技術は一朝一夕には出来ない。商品コンセプトは一瞬の閃きで決まるが、技術は積み重ねなのだ。その辺のギャップに悩まされながらも何とか一歩一歩進んでいた。何とか辛うじて持ちこたえていた。

 ところが、ついに切れてしまった。所長ヒアリングでの一言で...。所長は、開発テーマの内容説明を十分聞こうとせず、途中で遮って、
「そんなことを聞きたいんじゃあない。要はテーマの本来の目的に対して、どこまで進んだのか」
「えー、事業部の要望に対応していたので、ほとんど進捗していません。その辺のところは十分反省しています」
「反省くらいなら、サルでもする。何をやっていたんだ」
とてもきつい口調で、有無をも言わさぬ剣幕である。私も幾度かこの様な冷酷な表情で怒鳴られたことはあったが、この時も背筋が思わずブルッとし、身が竦む思いがした。所長のコメントは全くその通りであり、私もTMさんも弁解の余地は無かったが、それにしてもきつ過ぎた。もっと言い様はあったように思えた。

 この時の遣り取りが今回の病気の引き金だったことに間違いはない。しかし、所長が指摘したように、仕事の進め方がポイントを突いたものではなくなっていたし、すでにTMさん自身何をどうしていいのか分からなくなって混乱した状態に陥っていた。私としてはテーマリーダとして全幅の信頼を寄せていたのだが、そこに落とし穴があった。彼は今の状況を踏まえた上で、一番良い仕事のやり方を考え、実行しているとの思い込みがあった。彼はすでに混乱の中に落ち込んで、ひとり一所懸命、出口を見出そうと、闇雲に努力にならない努力を続けていたに違いない。かわいそうな事をした。

 彼は今までに数多くの実績を上げてきているし、それに伴って人一倍の努力もしてきた。そういった彼をあまりにも信頼し、信頼することにより負担をかけすぎていたのだろう。とにかく責任感が強く、少し遊んでやろうというような手心を加えることを知らない、まじめ一筋の努力家だった。おそらく学歴の無いこともそういった仕事一途な姿勢に拍車をかけ、そのハンディキャップが必要以上の負荷を自分自身にかける結果になったのかもしれない。

 この休日に、彼から電話があった。
「申し訳ないけれど、少し休ませて頂きたい。本当は早く復帰したいのだが、焦って元も子もなくなってしまってはいけないので、この際慎重を期したい。幸い○○さん(私)も近くにいてくれるので、仕事の方も大きな心配はないと思うので...」

そう、ゆっくり、ゆっくり療養しよう。今までお互い頑張り過ぎたんだ。半年、もしくは一年、じっくり心と体のメンテナンスをしよう。これからの人生の為にもね。