どういう人間になって欲しいのか..数値では表れないものに価値があるのだけれど..

もっと大きく、より高く

【2005年2月記載】

このところ休日出勤が続いてストレスが溜まっているせいなのか、風邪気味で体調が悪いせいなのか、まずいことをしてしまった。
土曜日の夕方、帰宅してすぐに食事をとったのだが、聞くとはなしに息子と妻の話を聞いてしまい、余計な口を挟んでしまったのだ。

「今日、センター試験の模擬テストをしたんだけど、解答欄を間違えたりしたので、数学は70点くらいだった」
「あれっ、去年も70点だったと言ってなかったっけ、全然進歩してないじゃないか」
「英語も70%だったけどこれは頑張ってもっと上げる。とりあえず今回はマークテストとはどんなものかよく分かったから良かった」
「お姉ちゃんだって、英語は90%以上とっていたぞ」
「国語の小説はほとんど出来たけど、評論がほとんど全滅で、50%を割ってしまった。でも来年までには90%にもっていくよ」
「そんなに簡単なもんじゃないぞ、国語はちょっとやそっとじゃ良くならない。お姉ちゃんでも国語は80%がやっとだったのに、今50%じゃあ、一年勉強しても80%とるのは無理に決まってる」
「なんで、お父さんはおいらのやる気を削ぐようなことばかり言うの」

そう言うと、彼は俯いたまま泣き出した。

親の欲目だろうが、はすごい才能を持っていると信じてきた。努力を怠らず、勉学に集中したらきっと伸びると信じていた。今でもそう信じている。しかし、このところ気になる点があって少し心配をしていた。ひとつは、そうは言っても彼はあまり本を読まない。したがって国語の基礎力が乏しいと思われる。そう考え新聞のコラムや評論そしてエッセイなどの切抜きをして読ませようとしているのに、あまり熱心に読んでくれていない。そしてもうひとつは、部活をなかなか止めないことだ。医学部を目指すのであれば、部活などやってはいられないはずなのに、一向にやめる気配がない。実際、このところ成績も頭打ちで、下降気味になっている。もうそろそろ受験一色にならないといけないのではないかと案じていた。ただ、彼は決して怠けているわけではなく、彼なりに効率的な勉強方法を考え、常に努力しようと前向きな姿勢であることはよく分かっていた。いまさら親がアドバイスしなくてはならないような状態では決してないことも認識していた。なのに、である。

 あとで、妻が言ってくれた。
「日頃、『人を潰すのは簡単だ、如何にして人を伸ばすかを常に考えなくちゃいけない』とあんなに言っていたのに、どうしたの?」

全く、弁解の余地もない。どうしてもわが子には一番をとって欲しい。自分の叶わなかった夢を実現して欲しい。そんな気持ちから、ついつい目先の結果にとらわれたり、子どもの将来の幸せとは何かを十分考えずに、自分勝手な願望を押し付けてしまう。

 人間の幸せとは何か。どうすればバランスのとれた人間として、豊かな人生を送ることができるのか。私なりに考えてきたんじゃなかったのか。何でも吸収できる成長期にこそ、人生のベースを大きくしっかりと築くことが大切ではなかったのか。そのために、ピアノや絵画を習って感性を磨き、サッカーや陸上で体を鍛えているのではなかったのか。私自身が子どものためにもっと大きく人生を見つめることが必要なのに、いつの間にかこじんまりとつまらない人生にしようとしていたのではあるまいか。もっと大きく、より高く、子どもを育てることが肝要だ。

  • 人間形成パターン(私の仮説)