技術は世界共通語だね
BOSCH-SIEMENCE
【1999年2月記載】
ドモテクニカが開催された。
会場準傭の時点で我が社のドイツ法人のスタッフから説明員の名札と入場券をもらっていたので、一足先に入場できる。オープニングセレモニーとして、我が社のブースでは社長のテープカットが行われ、私もいつしか開催担当の一員になったようで少し誇らしく、浮ついた気分になってきた。社内報用に社長の写真を撮ってきてくれるようにと、人事部から頼まれていたので、午前中は現地スタッフが社長を案内してまわるのにくっついて、カメラのシャッターを押しまくった。昼からは、いよいよ今回の出張の主目的であるBosch-Siemence技術者との技術ミーティングである。気持ちばかりが先にたち、あちらこちらをうろうろしながら、約束の時間が来るのを待つばかり。心当たりの何人かにはあらかじめ通訳をお願いしていたのだが、果たしてこのバタバタしているときに時間をとってくれるのか...心配だ。
ついにその時がきた。Boschのクラッセンとダムラスが、我が社のブースに私を訪ねてやってきた。イギリス支社のS部長に助けをかりて、まずは何とか我が社商品の概要説明はできた。しかし彼も忙しいので、本格的な技術ディスカッションにまでは時間を割くことができない。水の浄化に関する技術は英文の説明書を見せて、理解してもらったのだが、次々と出てくる質問には自分の言葉で答えるしかない。必死のパッチでテクニカルタームを並べ、分からない所は紙に書いて、図で説明した。IH湯沸し器の説明員で来ていたKさんにも参加してもらっていたので、不安はあったが心理的には随分と心強かった。
約1時間半のディスカッションが終わるともうぐったり。しばらくは、動こうにも動く力が出てこない。心臓がすごく重たく感じて、息が止まりそうになってくる。
「心臓が悪くなって、死ぬとしたら、こんな状態になるんだろうな。もしかしてこんな状態でここに滞在したなら、オレきっと死ぬだろうな」
などと、深く椅子に腰を掛けたまま、思いが駆け巡る。
しばらくして、先のBoschの二人と待ち合わせ、先のS清水さんにも入ってもらって、一緒に夕食をとることになった。英語がうまく喋れないので、ビールも肉もデザートも十分喉を通らない。緊張したまま、食事も終わり、やっと開放されると思って、サヨナラしようとすると、クラツセンが
「ミスター○○、今夜は何処のホテルに泊まるのですか」
と尋ねてきた。
「あいにく展示場からは、離れたボンにホテルをとっている」
とあっさり会話を断ち切ろうとしたのだが、
「ボンの何処のホテルか」
と再び聞いてくる。
「ボンのホリディインだよ」と答えると、どうも一緒のホテルらしい。二人で仲良くケルン駅に向かう羽目になってしまった。ホテルでクラッセンが別れぎわに言った。
「明日は7時30分に一緒に朝食をとろう」

