知らない国、知らない街はドキドキするけど、やっぱり楽しい

DOMOTECHNICA’99

【1999年2月記載】

 あまり気乗りしない海外出張である。そもそもわざわざ片道12時間もかけて、しんどい思いをして行くのに、ドイツのケルンで展示会を見て、そのまま帰国するだけなのである。しかもその展示会では、当社出展のパナソニックブースで、座シャワー、温水洗浄便座、耳式体温計の説明員を勤めよとの要請がある。つまり、展示会の期間中そこで拘束されるわけであるし、座シャワーの設置にも立ち会わなければならないので、自由になる時間がつくれない。おまけに、先般研究所長がドイツに行った際、お世話になったというBosch-Siemenceの技術責任者に水浄化技術を紹介して来いという指示付きである。本音のところ、こんな出張なんか行きたくもない。下手に行って、渡航実績にカウントされでもしたら、今後あるであろうより楽しく面白そうな海外出張のチャンスを失うことになりかねない。

 出張のスケジュールは2月下旬の10日間、ドイツで開催されるドモテクニカという家庭電化商品の展示会に行って、そのまま帰国するというもので、しかも飛行機は格安チケットを利用するので、ちょっとオーストリアにでも帰りによってこようなんていう変更はきかない。宿泊も安いホテルで、同行するKさんとツインルームである。彼はこの春副参事に昇格予定なので、まだあと2ヶ月は組合員のままだから、渡航手当てがたっぷりつく。およそ私の4倍の20万円はあるだろう。とてもじゃあないけどやってられない。仕事だって忙しいし、体調もそんなに良くない。行きたく無くなるのは当然だ。

 しかし、どうせ行かされるのなら、何とかして楽しいものにしなくちゃあいけない。少なくとも展示会に行って帰って来るだけの出張にはしたくない。ドイツで面白いことは体験できないのか、ドイツ以外の国へは行けないのか、いろいろ考えた。距離的にも時間的にもできる事は限られてくる。せいぜいケルン周辺の名所観光地に行くか、音楽や劇を鑑賞するか、その程度しかない。でも季節は真冬で、ライン下りの船は出ていないし、文化的なこともその素養が十分でない上に言葉の障害もある。打つ手無しか。

 今はやりのインターネットがあった。調べていくうちに、鉄道Uバーンが意外と便利なことが分かってきた。宿泊予定地のボンから片道3時間以内で、オランダにもベルギーにも行けるらしい。列車の時刻も、出発プラットホームもすべて簡単に検索できる。これなら行けそうだ。少し希望が湧いてきた。

 出発当日、関西国際空港で一緒に行くKさんと、それに中尾研究所のドクターTと落ち合った。彼らは私とほぼ同じ歳、2人ともヨーロッパははじめてらしい。

「○○さんよろしくお願いします。○○さんはドイツにはとても詳しく、海外出張にも馴れておられると聞いてます。すべてお任せします。私たちは何も分かりませんので」

(冗談じゃあない、何で私が面倒を見なくちゃあならないんだ。いい加減にせい。あんたら2人は展示会を見たらそれでいいのだろうけれど、私にはボッシュとのミーティングそれにシャワーの設置説明という仕事があるんだ。それに何としてでも遊びたいしね)

案の定、2人とも特別ドイツに行って何をしたいという訳でもないし、何処かに行こうかという予定も無いみたいである。初めてなら仕方の無いことなのだが。

 ドイツに到着した時から、何と語学力の全く無い私が、この一行をリードしなくてはいけない立場になってしまった。他の二人は全く喋ろうとしない。タクシーを拾い、ホテルのフロントでチェックインをして部屋に入った。入ってびっくり、ツインじゃあなくてダブルベッドじゃあないか。唖然。こうなったらやけくそである。受話器を取ってフロントへ電話する。英語にならない単語のつなぎ合わせで一所懸命まくしたてた。通じたのかどうか分からないまま、再びフロントへ。何とか部屋を変えてもらうことが出来た。

 次の日は土曜日、展示会の前々日に当たる。私はただ一人、心細くはあったけれど、展示会の事前打ち合わせということで、ボンからケルンに向かった。知らない国での一人旅、現地スタッフのミスターヴィーナンスを訪ね、彼の宿泊先のコスモスホテルからドモテク展示会場へと案内してもらった。
 会場では明後日の開場に向けて準備に大忙しである。座シャワーは給排水工事をどうすればいいのか、施工業者に説明しなくてはいけない。工事そのものは単純なんだけれど、うまく説明できない。施工業者は三人いたが、そのうちリーダ格の40歳前後の男性は英語が話せるらしく、私に英語での説明を求めてきた。まいった、うまく話せない。ドイツでは一施工業者でも英語が喋れるのに、私の口からはスムースな言葉がなかなか出てこない。情けないとは思いながらも、身振り手振りと単語だけで何とか通じ、無事完了。嬉しくなって四人で記念写真を撮った。(どうだ、これで頑張って仕事をした証拠が残ったぞ。苦労した甲斐があったというものだ。あとはとにかく新しい体験をすることに注力しなくちゃあもったいない)

 翌日の日曜日は、例の二人を引き連れて、ブリュッセルに向かう。何とか電車には乗れた。そして無事ブリュッセルに到着した。しかし、詰めが甘かった。着いたのはいいけれど、何処に何があるのか、何を観たらいいのか、何処が観光コースなのか、皆目見当がつかない。唯一の手がかりは、事前にインターネットで調べておいたグランドパレスの写真だけ。駅の地図を見て、とにかく公園らしきもの、大きな建物や寺院とおぼしきところをめざしてとりあえず歩くことにした。

 外は雨と風でとても歩きにくい。折りたたみ式の小さな傘では防ぎようもない。ずぶ濡れだ。1時間はゆうに歩き回っただろうか、もうへとへと。しかし何も見当たらない。観光名所らしきものには何一つ出くわせなかった。もう限界だ、とにかくタクシーを拾おうと試みたのだが、一台も走っていない。運良く地下鉄HORTAという表示があったので、入っていった。乗り方が分からない。しかし疲れきっていたのでもう他に手はない。エイヤアの適当で、切符を買って電車に乗った。二駅か三駅も乗ると元のブリュッセル中央駅に着いた。見覚えのある風景を見ると、急にまた元気が湧いてきた。

「よし、行こう。とにかくブリュッセルに来たんだ。このまま帰ったら何をしに来たのか分からない。まだ時間はあるのだから、タクシーに乗ってグランパレスに行こう」
 何のことはない。タクシーは雲助みたいな奴でわざと遠回りをしたみたいだが、それでもすぐにグランパレスに着いた。先ほど歩いた方向は全く逆だったのである。ちょうど雨も上がり、きれいな景色が私たちの目に飛び込んできた。
「○○さん、来た甲斐がありましたね。こんなすばらしいものが見れて良かったですよ。ちょっと前までのことが嘘のようで、より感激が大きくなりましたね」
 全くそのとおり、やけくそになって、もう帰ろうかと思っていたつい1、2時間前のことが嘘のようだった。

 帰りの電車はもう満足感でいっぱいだった。三人とも表情にゆとりが出来ているのがよく分かった。隣の席の中年男性が話しかけてきた。どうやら、リージェに行くらしいのだが、何処で降りたらよいのか分からないらしい。インターネットで調べた時刻表を見せ、到着時刻を教えてあげると、とても安心した様子。するとその隣の二人連れのトルコ系男性たちも話しかけてきた。

「ケルンへはいつごろ着くのか?」

結構みんな十分分からずに国境を越えている。私たちだけじゃあない。みんな少なからず、不安な旅をしているんだ。