プレゼン能力って何だろう?
DuPont
【 1999年3月記載】
ドイツから帰国して、やっと疲れもとれ、英語でのコミュニケーションができないという悩みから開放され、ストレスも無くなってきた頃、突然思いもかけないような無理難題が降りかかってきた。
2週間後に予定されている我が社とDuPontとの技術交流会で、次世代のキッチンに関するプレゼンテーションをせよとの指示が研究所長よりあったのである。(まさか...)である。本社で開催される当社とDuPontの技術部門のトップが出席する技術ミーティングにて、我が社を代表して英語によるスピーチをしなくてはならないらしい。英語が全く話せない。TOEICだって350点くらいしかない、英語が学生時代から大の苦手だったこの私に、どうして専門でもないキッチン材料に関するスピーチが英語でできるというのだ。全くもって人選が間違っている。研究所長に人選をやり直すように直訴したのだが、駄目だった。目の前が真っ暗になってくる。考えれば考えるほど、頭の中がいっぱいになって、くらくらしてくる。このままの状態がしばらく続くようだったら、確実に気が狂ってしまうと思えるほど、ストレスが溜まっていくのが自分でも良く分かった。英語は駄目なのに...、でも誰も許してはくれないし、代わってやってやろうという人もいない。どうせスピーチをするにしても、もっと時間が欲しい。年度の変わり目でそれでなくても忙しいこの時期に...。
副社長より呼び出しがあった。今回開発した水浄化技術の品質問題に対する現状の対策について報告せよとの事である。一連の報告とそれをべ一スに討議をした後、責任者数人で副社長を囲んで缶ビールを飲みながら、終始結構和やかな雰囲気で、副社長の哲学なり生き方を聴いた。もうそろそろお開きにして、残っている仕事をかたづけようとしたのだが、副社長が家まで送ってやると言い出した。案の定、そのまま帰ることなく、奈良で寄り道をすることになった。
グラスを傾けながら、DuPontの話題になった。英語の得意な副社長曰く、
「そうかDuPontにプレゼンするのか。英語が上手いか下手かはあるにしても、要は話す人のハートだ、考え方だ。彼らも英語の上手さに感動するわけじゃない。どれだけ心に響く内容の話をしてくれるかによるのだ。どれだけ彼らの文化を知り、歴史を知っているか。それに基づくウィットをセンス良く織り交ぜながら、話をしていけば、あとはこちらのものだ。私が以前、DuPontでプレゼンをした時は、中世の魔女を例に取り上げ掃除機の話をしたのだが、これはうまくいった。最後は拍手喝采であった。こうでなくてはいけない」
少し酔いがまわっているのか、多少自慢話も入っているが、なかなかいい話であった。随分と気が楽になった。要はストーリーさえきちんとつくればいいのだ。あとは何とかなるんだと...。そう考えれば、何も悩むことは無い。私の得意とするところの技術を演出すれぱいいのだ。
2、3日あれこれ資料を集めて考えた。休みの日も、コタツに潜ってうとうとしながら、まどろんでいると、いいアイデアが浮かんできた。「そうだ、嫁さんだ!」いつもキッチンで彼女がやっている、あの危なっかしい曲芸的なしぐさをネタに、プレゼンをしたら必ずやDuPontに受けるだろう。話の骨格が見えてきた。するとだんだん力が湧いてくる。シナリオを書くにも、英語のテクニカルタームを探すのも苦にならなくなってきた。英訳は英語の得意なOさんに頼むとしても、発表用のOHPは自分で何とかできそうだ。
一通り出来あがったところで、予行演習をしてみた。ちょっと色気を出し、説明文を暗記して発表しようと試みたが、
「踏ん切りをつけ、メモ用紙を出して読んだ方がいいわよ。たどたどしい言葉で、変に詰まったら聞く方が疲れちゃう。かえって失礼よ」
妻に言われてしまった。本当に言いたいところだけはじっくりと話すことにして、付け焼刃は、所詮付け焼刃で、切れ味を求めるという欲を出さない方がいい。
材料研究室のM室長と一緒に控え室に入った。M室長には材料面での質疑応答に対してフォローしてもらうべく、付いて来てもらった。ストレスやプレッシャーからか、2日前から体調を崩してしまい、鼻水がタラタラ流れ出て止まらない。何度もハンカチで目や鼻を拭うといった悲惨な状態だった。小さな会議室へ通された。いよいよ発表である。全員で10人程度だ。
(なんだ、これだけか。Face to Faceだったら、少しはボディランゲージも通じるかもしれないし、反応を見ながらしゃべれるので、意外といけるかもしれない...)
名刺交換を済ませたあと、OHPでの説明に入った。日本のキッチン例を写真で紹介すると、そこに一升瓶がデーンと置いてあったのが面白かったのか、何となく和やかな雰囲気が漂ってくる。そのうち、
「これは漫談なのかい」
という声が聞こえてくる。(しめた、何とか凌げそうだ。まだまだこれからが本番だ。もっともっと面白くなるのだから)妻のアクロバット姿を紹介すると、ざわめきが一気に増した。みんなが笑っている。話のストーリーとしては受けている。しかし私のスピーチは相変わらず硬い。自分でも少し嫌になる。そして最後に、
「どうぞ開発に手を貸してください。私の妻のためにも...」
とやると、何人かは手をたたいて、喜んだ。ばっちり成功だ。けれどそのあとのDnPontのキッチンに関する考え方のプレゼン内容は、十分には把握できなかった。やはりこのあたりが限界である。今の力からしてみれぱ、120点以上の出来だった。
帰りに本屋に立ちより、英会話の本を買った。(今年はこれに掛けるとするか) 本屋から出ようとすると、英会話学校のチラシをもらった。
「最近、仕事で英語がしゃべれたら良いのになあと思ったことは有りませんか?」
そこで一言、
「ええ、勿論ありますよ。痛切にね」
あくる日、副社長からも所長からもEメールや電話でメヅセージをもらった。
「良くやった」

