でも、これが転落への始まりだった...

すぐ、指示に従う人間はダメな奴

【1998年7月記載】

大阪の研究所と奈良の研究所が一緒になって一年あまり経つ。この一年の印象は、総じて、大阪の各研究室はヒエラルキー型組織で平均年齢が若く、室長を軸にまわっている。一方奈良は頭でっかちの逆ヒエラルキー型で平均年齢も高く、研究室内の開発テーマ毎に半ば独立した連邦制であり、室長もテーマの推進にはあまり干渉しない傾向にあるように思える。どちらが良くてどちらが悪いと言い切ることはできないが、我が社の本社および研究所の中心が大阪ということもあって、奈良の活性度が著しく低下していることは確かである。また、奈良ブロックのへそとなる人材がいないということもあって、その傾向に拍車がかかっているのもまた事実である。F主幹技師が奈良総括として位置づけられているのだが、遊ぶことには熱心で、とても活力があるように見うけられるのだが、現場を十分把握していない、いざという時には責任をとらないといった印象があり、周囲の信任が無いから仕方がない。

さらに、昨年からの景気の低迷が依然続く中、我が社としての業績もはかばかしくない。そんな悪い状況では、誰しもネガティブに考え易いもので、とかく悪い事は他人のせいにしたくなる。そういうわけで、大阪の奈良に対する風当たりはだんだん強くなりつつあり、テーマの進捗が遅いとか、責任者クラスの考え方や行動が甘いとか、指示命令に従わず勝手なことをしているなどと、トップからの厳しい批判や怒りを私たちはかっているようだ。

しかし組織をうまく運用して行こうと思えば、多少は思い通りにならないことがあって普通だし、また何もかも意のままに動く組織なんて、常に変化し続けている世の中では、早晩潰れるに決まっている。全知全能のリーダーなんているわけないのだから、トップの思い通りに動くなんて、すでに末端は自主性を欠いており、組織としては硬直化し死に瀕しているようなものだ。

思うに、奈良はまだ健全なのだ。むしろ所長指示や部長命令が出ると、すぐさまビタッとそれを忠実に実行して行く大阪の方がおかしいのではなかろうか。

「特許の出願状況が著しく少ない。もっと出すように」
と、トップが言えば、今までほとんど出ていなかった特許が、その月にはドッと出てくる。
「新しいテーマが少ない。今のトレンドの環境を切り口にテーマアップをしてくれ」
とあれば、すぐさま研究室あげて、環境テーマへのアイデア出しに専念し、何十、何百というアイデアを絞り出す。

こんな事で本当に良いのだろうか。いいはずがない。トップに立つ者にしてみれば、自分の意向がすぐさま下部へ伝わり、そのとおりに動いてくれるわけだから、これはやり易いし、ものごとがスムースにはかどるというもので、とても気持ちの良いことだ。けれどトップの指示はいつも的を得ていて、いつも正しいとは限らない。第一今まで出ていなかった特許が、急にどうして出てくるのだろうか。言われたらそれに専念するでは、日頃一体何を考えやっているのか疑わしくなる。いいテーマが無いと言われたからすぐさまみんなで考える、なるほどすばやい対応ができていて良いのだけれど、それで一体どんないいテーマが出てくると言えるのか。所詮付け焼き刃的、おもいつきアイデアしか出ないに決まっている。

ある指示が出たら、素直にすぐさまそれに答えようとして、直接行動に移るのは、単なる手足にすぎないということを暗に表明しているようなものだ。やはり日頃の行動の中で、その指示をどう解釈して、自分のペースに組み込むかを考えなくては一流のマネージャーではない。すぐさま特許を書くのもいいが、特許を出すための開発技術の深堀や、風土づくりをいかにしてやっていくか、いいテーマをトップに提示するために日頃考えている商品アイデアや、取り組んでいる技術の展開をうまく表現する方法を考えるのが、一流のマネージャーなのではなかろうか。トップも課題が出たらそれを直接的に下へ指示するようでは、一流とは言えない。もう一歩踏み込んだ指示が必要である。

ところで、先日部長から98年度下期、すなわち今年の10月より、大阪の研究室に移るようにと、内々の指示があった。おそらく奈良へのテコ入れをはかるため、大阪の部長職を奈良に持ってきたいという思いと、比較的フットワークの良さそうなしかも指示命令のし易い私のような若手の責任者が欲しいのであろう。通勤がハードになり体力的に不安はあるけれど、会社生活をおくる上では、出来るだけトップに近い方が、評価が高くなるのでいい話ではある。

大阪は若い研究開発者も多く、今までの風土とも異なるので、思い切った室運営ができる可能性もあり、大変魅力的である。そう考えて、一発、上も下もかき回して、暴れてやろうか。そういえば、前所長もトップと衝突しながらも、今では理事になっておおいに力を発揮しようとしているではないか。小ぢんまりとまとまるより、おおいに自分というものを出すことを心掛ければ、案外と充実した会社生活が送れるのである。