時には違う頭の使い方をした方がいい..

ファッション性あるビジネスカジュアル

【2011年9月記載】

「この前のシャツの方が、ええで!」
午後2時過ぎ、出張先から会社へ戻ろうと、長い登り坂を一所懸命に自転車のペダルを踏んだ。会社の前の交差点で横断歩道を渡りかけると、左折しようとする濃紺のセダンが私に気づいて一時停車をしてくれた。「もしかして...」と思うと同時に、後部座席の窓が開き、社長が少し笑いかけるようにして、大きな声で私を呼び止めた。急なことで、言葉が出ない。「すんません」そう答えるのがやっとだった。この日は、白いボタンダウンのワイシャツに、薄いストライプの入った濃いグレーのパンツという格好で、普段通りの出で立ちであり、特に目立つ服装ではなかった。

そういえばGM研修の最終報告会が済んで、まだ2、3日しか経っていない。GM研修とは、昨年度から始まったグループマネージャークラスを対象とした社内の研修で、責任者クラスのコミュニケーションを図ることを主眼とし、7、8人で構成する小グループ毎にテーマを決めて数か月間活動するものであり、活動内容をとやかく言うものではない。割とザックバランとした職場活性化ツールのひとつではないかと思っている。

そのGM研修の最終報告会が先般行われ、そのサブテーマが“ファッション性あるビジネスカジュアル”であった。その報告会を開催するにあたっての人事からの通達には、次のような項目が記載されていた。

服装について
グローバルで事業を拡大していく中で、HA社の商品に、より洗練されたデザイン性が求められていること、また、GM職自らが周囲から見られている立場であること等を念頭に、当日はファッション性あるビジネスカジュアルでお願いします。終日、研修時の服装を着用下さい。(作業服不可)また、名札は、必ず着用下さい。

この通達によって、研修メンバーはみんなバタバタし始めた。グループ毎に集まって、ファッション性のある服装とはどんなものか、この報告会でみんなに受けるにはどうすればよいのか、当日のプレゼンに知恵を絞りだしたのである。

ご多分に漏れず、私の所属するグループでもこの報告会に向けてのミーティングが何度か開かれた。しかしながら、私はトップ報告や出張などと重なり、出席することができなかった。私としては、いずれにしてもグループで決まったことに従うほかはない。

私のグループで決まったことは、襟と袖を除きグレーのストライプが入った白地のカッターシャツに、ブレザーを着用する。胸には赤いポケットチーフを入れて、ブレザーとパンツは同じ色にしないこと。これが、当グループのファッション性あるビジネスカジュアルであるということになった。

手持ちのブレザーでは、流行に乗っているとは言い難い。早速、妻に頼んで、休日にはカッターシャツやパンツと一緒に、買い求めに走った。

グレーのブレザーに紺のパンツ、まったくもって無難な選択をした。ただし、細身のタイプで、体にピタッとしているのでトレンディではある。ただし、カッターシャツには満足できなかった。むしろ、不満だった。太めのストライプで襟が白いので、派手な上に、ちょっと見には、どこかの外食産業の店員と間違えられそうな感じである。いくらセンスが良くない私でも、これは心外であった。しかし、ここにきて文句は言えないし、従わないわけにはいかない。

「仕方ない、報告会だけ我慢すればいい。一時の辛抱だ」そう自分に言い聞かせた。

ところが、思いもかけない問題が出てきてしまった。報告会は9月22日の午後から夕方にかけて行われる。ところが、その日の午前11時に社長報告があるのを忘れていた。先の通達には、「終日、研修時の服装を着用下さい」とある。社長報告に、いつものような作業服で出ることはできない。ストライプの入ったカッターシャツを着て出なくてはならない。困ったけれど、仕方がない。

当日の社長報告は少し落ち着かない心持ちで臨んだのだが、社長室に入って着席するや否や、社長は少し弾んだ声で、私に呼びかけてくれた。

「あれ、きみ、普段とちゃうやないか。今日はえろう格好ええやないか。そうか、研修やからなぁ」

この服装のお蔭なのかどうなのか、報告は無事に済んだ。また、午後からの報告会も和やかな雰囲気で進んだ。しかし、“ファッション性あるビジネスカジュアル”に対する解釈の仕方は人さまざまであり、加えてセンスの良し悪しがあるので、服装にはとても凸凹があった。ざっと見渡したところ、合格者(?)は半分もいない。やはりメーカーであるし、滋賀県草津市の田舎である。服装のセンスは悪い。でも、それなりにみんな考え、行動していることが分かる。会場は大いに盛り上がった。社長の伝えたいことが、少し分かった。

トレンドをやたらと追いかけまわるのは、良いことではないと思っている。しかし、トレンドを知って、それに合わせていくことは必要だと考える。消費者感覚を磨くことは、モノを作って売る仕事をしている以上、常に心がけていかなければならないから。

“ファッション性あるビジネスカジュアル”とは、そういった消費者感覚を大切にするということと、マンネリ化した業務の中に一つの変化(トリガー)を与えるといった効果があるのだろう。おそらく、そういう意図なのだ。

正解(日常的な、確実な効果)を求めるのではなく、少しはみ出てもいいから(必ずしも成果が出るとは限らない)チャレンジすることに、一定の価値を与えようとしているのではなかろうか。社長は。