感性を呼び起こすにもロジックは必要だ..音楽は理性だ

Sonic 11

【2012年6月記載】

今年も部長研修が始まった。今年で3回目になる。当初は、こんなことして何になるのか、目先だけの子供騙しみたいなイベントではないか、無駄なことをさせて、社長はいったい何を考えているのだろうか。と、とってもネガティブなイメージであった。この歳になって、今さら研修も何もあったものではない。どうせ部長たちのストレスや不満の矛先をかわそうとしているにすぎないと。

しかし、3回も続けてみると、意外と効果があることが分かってきた。社長は言っている。この研修の目的は部長クラスのコミュニケーション促進にあると。まさにそのとおりであって、この効果はボディブローのように効いてくる。業務上での交渉事や会議での意思決定などにおいて、部長がお互いを知っているのといないのとでは雲泥の差が出てくる。この研修で知り合ったことによる効果を思いもかけないところで実感している。

歳をとっていても、何事も素直になって、鼻白むことなく一所懸命やれば得ることは多い。そんな気持ちにもなってくる。

今年の部長研修は、最終報告会での出し物を念頭に置いて、音楽をテーマに活動していこうということになった。グループ名は、11班ということもあり、「Sonic 11」とした。早速、音を再発見する活動を開始した。ビルボードライブ大阪でジャズを聴き、カワイ楽器のピアノ工場も見学した。そして浜松にある楽器博物館を訪れた。

音は楽しい。しかし、ここ楽器博物館に展示してある楽器とその歴史を見て思うのは、私たち人間が今日のような音楽を聴き、楽しむことができるようになったのはつい最近のことであるということ。特に音楽のレベルは、社会文化の発展に相当依存しているという事実である。やはりヨーロッパは凄い。彼らのお蔭で、私たちは今の芸術文化を堪能することができているのである。それがここ楽器博物館に来てみて良く分かった。

音楽は、三つの要素で成り立っている。音程・音量・音色であり、音の高さ、大きさ、波形という要素をリズム(時間)と組み合わせて、音楽を作っていく。しかしながら、この三つの要素を十分に使いこなす技術ができたのはここ三百年のことであり、それが世界的に普及してきたのは二十世紀に入ってからである。そしてこの音楽といえるものは、ヨーロッパ人の発明であると私は思う。

ここの展示を見て感じるのは、アジア、アフリカ、アメリカでは、音楽というレベルには到達できなかった。楽器の種類は、大きく管楽器、弦楽器、打楽器と分類されるが、これらの地域ではそのほとんどが、楽器の音量だけをコントロールしているに過ぎず、音程も成り行きに任せているだけで、精緻なコントロールはできていない。これを自由に操る技術を開発し、しかもそれを楽譜という共通の音楽言語も発明した西洋人は、実にすばらしい民族だと感心せずにはいられなかった。彼らのお蔭で、今日私たちは音楽を満喫することができているのだから。

Sonic11では、カズーという楽器を全員で練習している。7月に予定されている研修報告会で披露するために。しかし、この楽器は音楽の三要素のどれ一つも自由にコントロールできない。ブブゼラのような雑音だらけにならなければよいのだが。今からとても心配である。