情報社会で便利になったけど、失ったものも..

五つの道具

【2010年3月記載】

私には、常に忘れてはならない五つの道具がある。財布、定期券入れ、携帯電話、眼鏡、そしてマンションの鍵、この五つである。これらはそのどれひとつを欠いても生活に大きな支障をきたす。

財布には現金に他に、クレジットカード、健康保険証など紛失するととても厄介な事態になりかねない現金以上に大切なものが入っている。定期券入れには、関西一円の交通機関がすべて利用できるPiTaPaカードと会社の社員証が入っているので、これもまた重要なアイテムだ。さらには携帯電話。これはここ5年あまりでとても大きな役割を担う道具となっている。電話機能やメール機能はもちろんのこと近鉄特急や新幹線の乗車券予約の際にいつも利用しているし、iモードは出張時の乗り換え案内によく利用するので、無くてはならないものとなっている。

これらに加えて最近必要となってきているのが眼鏡。老眼が進んできたので、もうこれ無しには何も読むことが出来ない。そして五つ目が草津にあるマンションの鍵。これでもって、仕事を終えたあと、一日の疲れを一気に癒すことのできる自分の棲家に辿り着くことができるのである。

これら五つの道具は、いつも、いかなる場所でも、チェックし、忘れないように心がけている。毎朝、出かける時は1、2、3、4、5と、ひとつひとつ確かめながらカウントするし、会社を出る時も同じように確認する。もちろん奈良の自宅への行き帰りも、出張する時も、同じように1、2、3、4、5と数えるようにしている。

しかし何故こんなにも、毎回チェックをしなくてはならなくなってしまったのだろうか。十年前にはとても考えられなかったことではなかろうか。単身赴任をすることになって必要となったマンションの鍵と、加齢によって手放せなくなってしまった老眼鏡を除くと、これらはすべて情報化社会がもたらした産物である。クレジットカードやPiTaPaカードは、現金を持ち歩かなくてもよいし、支払いや発券に要する時間も省くことができるので、とても効率的になる。携帯電話は、いつでも、どこでも、誰とでもコンタクトできて、コミュニケーションツールとしては最高だし、これで新幹線も簡単に予約できて、しかも何度でも変更できるので、出張時にはとても便利で欠かせない。また社員証もICカード化しているので、本社へも、本社研へも、当社グループの各事業所への出入りは認証システムを介してとてもスムースにいく。また、出入門時刻も分かるので勤怠管理もきちんとできてしまう。なんでもかんでも円滑かつ効率的に物事が進み、無駄な時間を費やさないですむ。これらの道具をきちんと管理していきさえすれば。

携帯電話があるだけで、とても便利になった。切符購入時の予約や変更が簡単にできるので、お金を支払う無駄な時間が削減できて、本当に助かっている。いつでも連絡を取りたい時には、すぐにその人とコンタクトできる。昔のように公衆電話を探して歩き回ったり、いちいち人を介して電話口に当人を呼んでもらう必要も無くなった。とっても仕事が効率的、効果的になった。

でも、どれくらいの時間が生み出されて、どれくらい利便性が上がったのだろうか。直感的には一日30分くらいはロスが無くなった。特に出張時には、いつでも都合の良い時に新幹線に乗れるので、1時間くらいは無駄な時間が無くなったように感じる。しかし、余った時間で私たちはいったい何をしているのだろうか。あるいは、今まで無駄だと思っていた時間にどんな無駄なことをしていたといえるのだろうか。こと、携帯電話に関して言えば。

人と人とのつながりに関しては、昔はコンタクトを取り難い分だけ、予め全体の流れを考え、把握して、効率や効果を考え、人との接触を図っていたように思う。今のように、その時の閃きや必要性だけですぐに電話をしてはいなかった。新幹線の時間も一日のスケジュールの中で、最適な時間帯に設定していたし、空いた時間はショールームを見学したり、本屋に入って情報を集めていたではないか。

社員証だって、無い頃は、出入門時に保安係は見知った顔かどうか確認していただろうし、お互いに顔を見合わせることが基本だった。今のように、保安係はカードをぶら下げているかどうかに終始し、社員はカードリーダーのみに視線を落とすといった具合ではなかった。人事だって、社員の一人ひとりをより深く観察していたように思う。社員証をぶら下げていれば、それでお互いが納得するというような社内雰囲気ではなかった。

効率は上がっても、余った時間がうまく使いきれていない。かえって、情報セキュリティ上の制約から、管理面での煩雑さが増えただけではないのか。きちんとITを管理し、使いこなしていくことと並行して、もっと時間の有効な使い方や人と人との真のコミュニケーションを深めていく努力と知恵を出すことだ。

余った時間をより人間的な創造的なことに使うというよりも、便利になり過ぎて、逆に考える力を失っているのが現状ではなかろうか。