CMは企業の活力だと思う。CMの入れ方も含めてメディアとしての存在意義を再考すべきだ
テレビコマーシャル
【2023年3月記載】
近頃のテレビ番組は面白いものが少ない。毎週楽しみにしているようなものが無くなった。スポーツ番組を除いては…。たまに見るドラマやクイズなども、民放では途中でコマーシャルが入るので興が削がれてしまう。特に一番盛り上がった頃に、長めのCMが入るので、そのとたんに白けてしまう。
何となく気が付いているのだけれど、番組の前半はCMをあまり入れずに、後半に多く入れている。それも後半の方が長めになっている。序盤で視聴者の歓心を買い、最後まで離れなくさせるために、意図的にそうしているのだろうか。
最近は若者を中心にテレビ離れが進んでおり、視聴率も簡単には取れなくなって、各放送局ともに苦戦している。CMを流すスポンサーも、テレビよりはネットの方に比重をかけるようになっていて、放送局の運営資金確保も難しくなってきている。なので、CMの入れ方にも工夫を凝らしているのだろうか。
テレビCMの放送時間は18%以内と基準を決めているようで、その範囲内で何とか視聴者にCMを認識してもらいたいという努力がなされた結果、今のようなCMの入れ方をしていると考えられる。
ところで、今のテレビ番組の視聴のし方は、私の幼い頃とは随分と様変わりをして、リアルタイムで番組を見るということは少なくなってきている。ニュースやスポーツ中継は、ナマで見ないと意味がないので、これらはリアルタイムで見るのだが、そうでないドラマやクイズなどの娯楽番組は、そのほとんどを録画で視聴するという形態になっている。好きな時間帯に、好きな時間だけ見る。数回分をまとめて見たっていいし、細切れに休み休み見てもいい。だから見たくないものはすっ飛ばして、見たいところだけ見ることもできる。当然、CMは見たいものではない。できれば飛ばしたい。だから録画で見る時、CMは飛ばすので、TV番組のスポンサーが投資している意味は希薄になっている。CMの価値は無くなってしまった。いくらCMの入れ方を工夫しても無駄ではないのか。
実際にどんなCMの入れ方をしているのか調べてみた。今、安定した人気を保っているテレビ朝日の水谷豊主演ドラマ「相棒」を録画してその内訳を分析した。
・番組の放送時間は53分56秒
正味の時間 放映内容
00:00-22:29 22:29 ドラマ
22:29-25:17 02:48 CM
25:17-31:52 06:35 ドラマ
31:52-34:52 03:00 CM
34:52-38:24 03:32 ドラマ
38:24-40:39 02:15 CM
40:39-53:26 12:47 ドラマ
53:26-53:56 00:30 CM
ドラマ内容が45:23、CMが8:33となっている。
前半は全くCMを入れずに、中盤あたりで頻繁にCMを流し、最後は少し長めに視聴させて満足感を得られるようにしている。そしてCMの時間は番組の16%に抑えてあるので、よく考えられていると思う。
また、日本テレビで放送された「リバーサルオーケストラ」の放送時間の内訳は、
・番組の放送時間は60分00秒
正味の時間 放映内容
00:00-00:51 00:51 ドラマ
00:51-02:21 01:30 CM
02:21-12:27 10:06 ドラマ
12:27-14:27 02:00 CM
14:27-22:04 07:37 ドラマ
22:04-24:04 02:00 CM
24:04-35:53 11:49 ドラマ
35:53-38:53 03:00 CM
38:53-59:07 20:14 ドラマ
59:07-60:00 00:53 CM
ドラマ内容が50:37、CMが9:23となっている。(CMは16%)
これは私の描いていたイメージとは違った。CMの入れ方は、後半は1回の放映時間は長くなっているが、その分ドラマに集中できるようにスパンを2倍程度長くしている。視聴者への配慮がうかがえる。楽しんでもらえるようにと、考えられている。CMに視聴者をできるだけ惹きつけようとか、できるだけ長く見させようとか、という前に、視聴者の満足度を上げようとしているのが分かる。
録画して、あとから視聴するという傾向にある今、CMを飛ばしていくらでも省くことができる。またネット環境も充実し、テレビ離れも加速している。そういった中で、スポンサーのメリットを出すこと(商品広告)は、難しくなっている。CMも15秒もしくは30秒単位で入れるのがよいのか、もっと短くして細切れに入れた方が良いのか、ドラマの中に挿入した方が良いのか、そんなレベルではなく、単に視聴率稼ぎだけではない民放としての生き残り戦略が問われているように思う。
ただ、CMの入れ方を見てみると、そこにはその放送局の経営スタンスが垣間見れるようで、考えさせられてしまう。