商品で豊かさを実感できるような物語を描くことはできないのだろうか
物語を書く
【2004年5月記載】
歴史的事実をベースに、自分の思いを描く。場所や時代背景は事実であり、動かしようもないのだが、登場人物に工夫を凝らし物語を作っていく。たくさんある歴史的事実の中から、自分の描きたいものの背景として、一番相応しい事実をピックアップする。事実は事実であるから、物語の背景としては説得力がある。
それでは次に何を描きたいのか。自分の思想や哲学を元に、よりダイナミックに、よりロマンティックに、胸踊り、頭の中がスカッとするシナリオを考える。主人公はありたい自分の姿かもしれない。ヒロインは永遠に朽ちることのない理想の女性になるだろう。おおかたのシナリオが描けたら、後はより精緻に事実を調べ上げ、細部にわたって物語を肉付けしていく。
辻原登さんの“ジャスミン”は、歴史的背景を思い出しながら、地理的情景を頭の中に浮かび上がらせながら、ゆっくり、ゆっくり読んでいく。登場人物の心の中をのぞき、考えながら。とても楽しく、忘れかけていた若い時のエネルギーが湧き出て来るような物語だ。自分で自分の世界が創れる。そしてその中に読者を引き込み、新たな体験をさせてしまう。日常とは違う人生を楽しませてくれる。こんな物語をつくることができたら、なんと楽しいことだろうか。
今の私たちは、単に家庭電化製品を造って、売っているというだけであり、如何に安くして他社よりも売り上げを伸ばすか。少し目先の変わった特長をつけて、本当は無くても構わないような特長を大袈裟にアピールして、如何にユーザーの興味を引くかに、日々汲々としている。これはメーカーとして地道にやっていかなければならないことなのだろうが、これだけではあまりにも虚しい。小説とまでは行かないにしても、もっと生活に夢を描くことはできないものか。近い将来くるであろうところの生活に、家電製品を通してより豊かさを実感できるような物語を描くことはできないだろうか。
科学技術の発展はある程度予測可能であるし、5年から10年後の私たちの生活スタイルも予想できる。これらを将来の事実として、その中から自分の描きたい未来の背景として、一番ふさわしいものをピックアップする。この背景の中で、自分の思いを元に、よりダイナミックにシナリオを作ってみる。将来実現したい生活シーンや新しい商品イメージを考える。自分で物語を作っていく。背景となる将来の事実は、現実のデータを元に積み上げていく。物語がより将来の事実として身近になってくる。
小説家が小説を書くように、商品開発者が商品開発をする。どちらも物語を作っていくことなのだが、オリジナル性の無い物語や事実をうまく使っていない物語は、どこか説得力に欠け、夢が実感として伝わってこない。いい物語を商品開発の中に作り上げていければ、会社生活としては大成功といえるのではないだろうか。何はおいても、いい物語を書くことに全力を尽くすことだ。