残念な結果に終わってしまった...必要なのはそれを受け入れる力だ
大学受験
【2006年2月記載】
昭和30年代頃と思われる木造校舎の中の一室で、私は母の写真を見ていた。
「あなたのお母さんはとても優秀で、たくさんの賞をもらったのよ」
学校の先生が差し出してくれた二枚の写真には、30代と思われる母が写っていた。ふっくらとして少しかしこまった、記念写真を撮るときの表情であった。それは今までに見た覚えのない、初めて目にする母の顔であった。
「副賞に0.8カラットのダイヤモンドももらったのよ」
なんだかとても勇気付けられる。こんな素晴らしいお母さんの子どもなのだから、きっと私にも何かできるはずだ。母の写真を見ながら、懐かしさと嬉しさと力が沸いてきた。
今日は2月25日、長男の国公立大学二次試験の日である。私が受験するわけではないのだけれど、夕べは良く眠れなかった。だから、久しぶりに夢を見たのだろう。それも今までにほとんど見たこともないような母の夢を。これも何かの良い兆しなのかと思いたくなるようないい夢だった。
懸命に頑張ってはきたけれど、めざす大学の競争率は5倍強で、しかもセンター試験の結果ではボーダーラインにすこし及ばない。とても難関だ。そうであるからにして、親としてはとても不安で緊張してしまう。
長男を送り出してからも、緊張状態は続いた。「何とか上手くいって欲しい」祈るような気持ちでいっぱいだ。そんなこんなで、心ここにあらずのまま一日が経った夕方、長男からメールが届いた。
長男:「8割の確率で…。おわりました。物理がだめでした。他は実力どおり。またがんばります」
私:「お疲れさまでした。よく頑張ったと思うよ。気をつけて帰りなさいな」
長男:「こりゃ浪人したらのびるわ(笑) まあ、明日と後期頑張ります」
私:「晩ご飯は手巻だよ 今日はゆっくりしいや」
長男:「浪人したらごめんなさい」
私:「大丈夫、想定内だよ」
長男:「コラ!! (笑)」
こんな長いメールのやりとりは初めてだった。とても楽しくメールのやりとりができて、何となく受かったような気になった。現実としては、結果にはすこし厳しいものがあるのだけれど。これからも、苦しくて長い受験の日々が続くだろう。けれど、気持ちをしっかり持って、楽観的にものごとを考えて行けば道は拓けるに違いない。そう信じて行こう。道のりは長いのだから。