面白い先生だと思うのだが、その先生の上を行く生徒たちはもっと面白い

紙ヒコーキ

【2010年3月記載】

2月の下旬から3月の中旬にかけて、およそ1ヶ月間に亘って、私は紙ヒコーキに熱中した。正確には紙ヒコーキではなくアルミヒコーキであったのだが。

長男の通っている奈良の医大では、3年生から4年生に進学する際、毎年100人の学生のうち、およそ10人は落第する。意図的に下位10名を進級させないのだという。そんな無茶な話は無いだろうと思うのだが、大阪の医大もそうだし、京都の医大もそうらしい。むしろ奈良の医大よりももっと厳しいという。

一番厳しいのは病理学で、他の科目もそれに匹敵するほど難しいようだ。この年末から本格的に試験勉強を始めたのだが、未だに合格点を取る自信はないという。ここ1ヶ月は睡眠時間もできるだけ削っているようで、大学受験の比ではないくらいの打ち込み方である。

そんな大変な学年末の試験を3月中旬に控えた2月の半ばに、長男が呟いた。

「寄生虫学は、とにかく暗記が勝負で、本当に必要かどうか分からない、いや絶対に必要じゃあないことまで覚えなくてはいけないんだから、どうかしてる。寄生虫学の試験は3つあるのだけれど、内1つの試験は20人しか受からずに、あとは再試験を受けさせられるらしい。寄生虫学を落として留年する奴はほとんどいないらしいのだけれど、勉強量が馬鹿にならないほど多く、他の科目にも影響が出るのでたまらないよ」

そうなんだ、とにかく勉強の量がものをいうらしい。感心して聞いていると、続けて彼が言うには、

「でも、試験が終わった後に、アルミでつくった紙ヒコーキを飛ばして、一番遠くまで飛ばした学生はその場で“合格点”がつくらしい。1人だけは3つの試験結果によらず寄生虫学に合格できるんだ。しかしヒコーキづくりなんかで、時間はかけられないよなぁ。たった1人だけ合格なんて、リスクが大きすぎるよ」

うーん、とっても魅力的な話を聞いてしまった。元来こういうイベントは好きな方で、しかもモノを作って競い合うなんて、なんとすばらしいアイデアなんだろうと、この担当教授を尊敬してしまう。長男が、こんなにも一所懸命勉強しているんだから、親としても何か貢献できないものかと考えていたので、このヒコーキづくりは私の役目としては最適で最高のものという気がした。

ヒコーキはA4サイズで作製することになっている。早速、紙ヒコーキの折り方や飛ばし方をインターネットで調べた。またクッキングホイル用のアルミ箔を買ってきてその厚さを確認した。0.012mmと0.015mmがある。カッターナイフでアルミ箔をA4サイズにカットし、インターネットで調べたとおりにヒコーキを折って飛ばしてみた。

第一に、薄すぎてとても折りにくい。次に、やっと折りあげてもアルミ箔では構造体とはならないので、形が安定しない。手に持って飛ばそうとするだけで、フニャフニャする。それに翼も安定しないからもちろん飛ばない。2、3メートルも飛べばいい方だし、地面に衝突した途端に、先端が潰れてしまう。これでは話にならない。屋外で飛ばしてみたが、もっとひどい。風に全く抵抗できないので、ほとんど飛ばない。

そのうちに、長男からいろいろな情報が入ってきた。友人の中には、その友人の親父がMIT出身者の部下にヒコーキづくりを頼んだらしいとか、今までの最高記録は50メートル飛んだとか、ますます私の気合が入らずにはいられないような情報ばかりであった。

しかし、どうにも策が無い。休日の朝、いつものようにコーヒーを飲んでいたのだが、たまたまそれと一緒にスナック菓子をつまんでいた。「とんがりコーン」である。何気なくその袋を手にして、アッと思った。アルミ箔ではないか。しかもラミネートしてあるので形が崩れにくいし、皺もよりにくい。構造体としても成り立ちそうだ。袋を広げてみるとぎりぎりA4サイズになる。これで「勝った!」と思った。

とんがりコーンを4、5個買ってきて、アルミ箔をA4サイズにそろえた。インターネットで調べたヒコーキの型からロングプレーンとスライダーを選択し、それぞれ2機作成した。休日には長男と一緒に飛ばして飛ばし方を研究した。ロングプレーンが一番良く飛んだ。しかし、それでも10メートル飛べばいい方だった。左右のバランスをうまく取らないとまっすぐに飛ばない。アイロンがけをして形を整えて、再度挑戦した。それでもよく飛んで15メートル程度であった。これが限界か。しかしここまで飛べば、少しくらい可能性が出てくる。後は運を天に任せて、飛ばすしかない。

3月15日の午後、長男から携帯電話にメールが入った。

「うかったー! 紙ヒコーキは、Sくんが勝ちました 笑」

この日は、寄生虫学の試験日だったのだが、同時に病理学の合否発表もあったのである。彼は、一番懸念していた病理学が受かったのをとても喜んだ。そして、寄生虫学はSくんが勝った。後で聞いたのだが、Sくんは病理学がダメだったという。

果たして、彼らは本気でヒコーキを飛ばしたのだろうか。もしそうでなかったとしたら...、私とはレベルの違う世界に住む本当にすばらしい仲間たちに違いない。