管理し過ぎると個性は消える..."効率化"は悪手だ!

業務の効率化

【2009年5月記載】

サブプライムローンの破綻から端を発した世界同時不況によって、私たちも企業活動の見直しを余儀なくされているが、その取り組みのひとつとして、業務の効率化がある。たとえば、会議の時間を短縮する、内部で使う資料を削減する、机や場所の共有化を図り有効なスペースを生み出すなど、無駄をできるだけなくしていく取り組みである。しかしこれもマンネリ化してきた面があり、なかなか実効には至らないようで、ややもすると朝会や昼会を廃止する、職場体操を止めるとか掃除の回数を減らすといったことにまで議論が及ぶことがある。へたをすると、企業活動の本質的なところを壊しかねない内容になってしまう。

いつも効率化といえば、こういった類の時間や空間的な効率を追うことが議論の中心となることが多い。工場での生産活動やルーチンワークであれば、このような取り組みは常時しなければならないし、その効果も大きいと考える。しかし、私たちの職場は技術本部であり、商品開発の上流で、クリエイティブな仕事をしているのだから、製造現場と同じ取り組みに終始していたのでは心許ない。本当の意味での業務の効率化とは、開発者一人ひとりの能力を伸ばすことであり、その創造的活動をおこなうための環境整備をすることにあるのではなかろうか。時間に追われ、空間的に閉塞感のある職場では、新たなものを生み出すゆとりなどあるはずがない。いかにしてゆとりの時間や空間を作っていくのか、が私たちの職場には要求されるべきだと思う。

今、私たちは大部屋にいる。このフロアでは300人もの技術者が、何ひとつ仕切りのない空間の中で仕事をしている。4つの事業部門の技術者が一堂に会しているわけであるが、そこには各事業部門の特長的なものは何ひとつ感じられなく、むしろ無機質的な均一性が見られるだけで、没個性としか言いようがないような状況である。本来なら異なってしかるべき組織が、同じ場所で同じ時間帯に仕事をするわけであるから、同質化するのはごく自然である。加えて、全体の調和を図ろうとするので机周りの個人的な好みでの環境づくりは否定されている。これでは個性は育たない。したがって各事業部門の特長も出ない。だから各事業部門の特長を活かすためのシナジー活動云々の話ではない。トップから要求されているシナジー発揮以前の問題となってしまっているのである。

さらには、毎日が上司への報告に明け暮れているような今の仕事の仕組みの中では、ゆとりの時間は生まれない。上司への報告が無くなったとしたら、どれだけ生産的になれることか。トップも部下を意のままにコントロールしようとするのではなくて、ガチガチに時間を管理して効率を追うのではなくて、しばらくはじっと我慢して、部下の好き勝手にさせてみることも効率化の有効策だと思うのだが。そのために、期の初めには業務計画書を作成したり、テーマステアリングコミッティを実施しているのだから、安心して部下に任せたらいいはずだ。

今やっていることの裏返しを徹底して実行することも、効果のある施策のひとつと考えられるような気がしてきた。