家屋を次の世代へ引き継ぐという概念は無くなって、世代毎に家を建てる...?
朱雀二丁目第十一班
【2021年3月記載】
Tさんが老人ホームに入ったのは4、5年前だったと思う。それからずっとこの家は空き家状態となっていた。ところで、最近町内で見かける人たちはそのほとんどが老人である。それも私よりもっと年老いた80才前後と思われるような後期高齢者であり、人の行き来はめっきり少なくなってしまった。数年前から家の取り壊しや建て替えが多くなり、売り家や売土地がちらほら出てきた。
この朱雀二丁目にはおよそ200世帯が住んでいるが、そのほとんどは私が今の家を建てる10年前に入居している。だから私より20才以上年上の人たちと考えられ、彼らが住み始めたのが昭和50年以前のことだから、今から50年近くも前のこととなる。
私がここに住むことになったのは、当時の日本住宅整備公団が平城ニュータウンの分譲宅地として、この二丁目に残っていた区画を売り出した際、運よく抽選に当たったためである。だから二丁目第十一班の12世帯は同じ時期にこの地へ移り住んだ仲間ということになる。その中でも、当時私は28才と一番若く、他の人たちとは10才程度年の差があった。中でもTさんはずっと年上で20才くらい離れていた。彼女は独り身だったし、自動車も使っていなかったので、時々買い物時には我が家の車に乗せてあげることもあった。まずまず程よい感じの付き合いだった。
年月の経つのは速いもので、もうあれから37年が経った。朱雀二丁目は高齢化したというよりも、世代が変わってしまったというべきであろう。それも親の世代からその子の世代へ移ったということではなく、全く違う家族へ変わっているといった感じである。親から子へ引き継ごうにも、子どもたちはその多くが東京へと出て行ってしまった感が否めない。ほとんどが奈良には留まっていない。
Tさんの家の解体工事の知らせが入ったのは、この2月のこと。つまり彼女はもう帰ってこないということであった。彼女が今どうしているのか、それは分からない。町内の回覧板でもその類の連絡はないし、今は個人情報がオープンに出来ない時代だから、人のうわさも伝わってこない。もしかして亡くなられたのかも知れないし、思い切って処分されたのかも知れない。またそれを聞いたところで何にもならない。Tさんが帰って来ないということ、同じ土地で同じ時代に生活していた仲間が一人いなくなったということに変わりはないのであり、またその家屋が無くなることによって、今まで暮らしてきた風景が無くなるということは現実なのだから。
解体工事はおよそ10日間続いた。在宅勤務をしているので、解体時の振動や騒音が伝わってくる。Tさんが建てた家屋が、とてもしっかりと造られた家が壊されていくのが辛い。しばらくして我が家の裏庭に出てみると、遠くの風景が目に入ってきた。今まではTさんの家で遮られていたその向こうの風景が視野に入るようになっていた。更地になっている…。
あっという間の37年間だったような気がした。こんな感じで時は移って、人が替わって、風景も変わって行くんだろうなぁ。

