ペットはおもちゃではないと思うのだが...

生きる仲間

【1996年1月記載】

  とうとう居なくなってしまった。

公園の中を横切る遊歩道のあちらこちらに、ゴミが入れてあったと思われる白いビニール袋が引き裂かれて散らばっている。なにものかがゴミの中を漁った跡である。雨の上がった肌寒い土曜日の朝、久しぶりに次男を幼稚園に送って行ったのだが、途中いつもなら公園の周りをうろついているはずの野良犬がついに姿を見せなくなっていた。ゴミの跡が何だか虚しい。

  数カ月前から公園の中にある小高い雑木林に、茶色の斑のある比較的大型で15~20kgくらいありそうな雑種の白い犬が、でーんと座っているのを見かけることが度々あった。私の住んでいるこのニュータウンでは結構犬を飼っている家が多く、いつも朝夕にはこの公園の周りを飼い主と一緒に散歩している犬をしょっちゅう見かけるのだが、この斑犬は首輪を付けていないので、飼犬が放たれているわけでもなさそうだった。

  12月になり、少し寒くなりかけた頃になると、雑木林からときどき出てきては、遊歩道の辺りをうろつくことが多くなりだした。おそらく寂しかったのだろうし、食べ物も充分ではなくなり腹も減ってきだしたのだろう。ところでこの斑犬は、散歩の犬たちと出くわしても少しも吠える事なく、むしろ嬉しそうについて行くこともあって、ちょっと前までは何処かの家で可愛がられていたのがよく分かった。

  休日になると公園は子供たちの歓声で溢れてくる。そうするとその斑のある白い犬は子供たちを相手にじゃれまわる。抱きつくようにもたれ掛かったり、マフラーや手袋をくわえて逃げ回ったり、とても楽しそうだ。長男も御多分にもれず、斑犬の手荒い遊びに巻き込まれ、上から下までドロドロにして帰ってたことがある。それ以来あまりその近くには行かないようにしているらしい。

  この公園は私の通勤路にあたり、しかも私はあまり犬好きではない。はじめは良かった。斑犬は雑木林の中にいた。だから何の感覚も私にはない。けれど寒くなってきた12月頃から、朝はまだよいのだが、夜中の帰り道としては通りたくなくなった。たまに寂しいのか、「ウォーン、ウォーン」と遠吠えをする。水銀灯はついていても真っ暗に近い遊歩道でこの斑犬に出会うとドキッとする。ここ一週間斑犬は遊歩道にでんと座ったままの状態が多いし、雨や寒さの為か、汚れてやつれてきた感じがしていた。そんな状態なのに人が来ると親しそうに近寄って来る。お腹がすくのか夜になると隣家の飼い犬の餌を食べに来るらしく、隣の犬がしきりに鳴き出した。

  先日の朝、汚れた姿で私の後をついてきた。とても悲しそうな目をして..、とてもやさしい犬なのに、とても利口そうな犬なのに、どうしてやったらいいのだろう。いったい飼い主は何をしているのだろうか。引越しでやむにやまれず置いて行ったのか。それとも何処からか迷い込んだのだろうか..。それ以来、私は全く公園を通れなくなってしまった。

  昨夜遅く妻が言った。

「今日隣の奥さんから聞いたのだけれど、公園で同じ色のジャンパーを着た中年の男と女の人たちが、”こっちへおいで..”と、あの斑犬を呼び寄せて、何処かへ連れて行ったらしいよ。斑犬は嬉しそうについて行ったらしいけれど、多分隣の奥さんがちょっと前に依頼していた保健所の犬取りの人たちじゃあないかなって..。」

かわいそうには思っていたけれど、結局私は何もしてやれなかった。

  数日後、彼女がまた話してくれた。

「あの後、隣の奥さんにいたずら電話があったらしいの。女性の声で”犬殺し!”って」
「それからうちにもあったのよ、おそらく先のいたずら電話の人だと思うけれど、”隣の奥さんはあなたのことを万引女だと悪口を言ってる。注意なさい”って」

  あの斑犬のことを同じようにかわいそうと思っている人がいたのだろうけれど、ただその思いをあの斑犬に向けて出来なかったことが、私を含めて残念だった。