考えるヒントはどのようにして掴めばいいのだろうか

難しい本

【1997年1月記載】

  どうしてなのか、どうやら生来より間の抜けている顔をしているらしい。いつも一所懸命になって物事を考えている、思索をめぐらしているつもりでも、
「何をぼーっとしているの?」
「ポカンとしていたらアカンよ!」
などと、よく言われる。最近でこそ、私もそれ相応に歳をとり、周りには若い人が多くなり、若い人からはそういう発言はしにくいのだろう、あまり聞くことは無くなってしまったが。

  ものを考えるとき、どういう状態ならば頭の中がよく整理できるか、新しいアイデアが浮かんでくるか、あるいは精神的に安定し、心が落ち着き集中できるか。私なりに考えてみると、思考・思索できる雰囲気を作り出すためには大きく2つの方法があるようだ。

  まず第一に、完全に一人でくつろげる静かな空間を作り出すこと。そうすることによって心がゆったりとし、今直面している課題なりから精神的にとき放たれ、自由になれるのである。しかし、あまり力んでしまって、急に、
「さあ、今から私は考えるぞ」
「新しいことを創造するんだ」
と思っても、頭がガンガンするだけで、かえって頭の中が混乱する。まずは頭の中をきちんと整理し、空いている空間を作り出すことが必要だ。そのためにはしばらくの間ボーッとすること、決して焦ってはいけない。頭の中に浮かんだ事をそのまま自由にめぐらせる。そうしている間に、時々命題をポンとインプットする、するとたまにいいヒラメキがあったりして、そのヒラメキをキーに精神がどんどん集中してくることがある。そうなったらしめたもので、意外といい収穫を得ることができる。とき放たれた思考というものが大切であり、ボーッとしている状態が良いのではないか。

  もう一つの方法は、ある命題を決めて、数人でディスカッションすることであり、とにかくあれこれと喋りまくることである。喋ることにより脳が活性化され、そのことに集中できる状態になる。そういう環境の中で、他人の発言により様々な切口で、自分一人では思いつかないような、トリガーをかけられることがある。そして自分でも信じられないような斬新な発言が、思わず口をついて出てくることがある。

  しかし、いつもただ漫然とボーッとしていればいいのか、あるいは何人か集まって議論を重ねていればいいのかというと、そればかりでは、決していいものは生まれてこない。やはりそれを考えていく人の質を高めていかなくては、すぐに行き詰まりの状態になってしまう。しからばどうすれば良いのか。一人ひとりの知識を深め、創造力の源を養っていくためにはどうしたらいいのだろうか。

  結論、それには本を読めばいい。本はいろいろなことを教えてくれるし、読むという行為により、外乱に惑わされる事なく、読む人がその世界にどっぷりと浸れる状態になり、否でも応でも本の世界に集中してしまう。そして何よりも活字を通して想像力が湧いてくる。テレビや映画のように、ビジュアルで分かりやすく五感に直接的に刺激を受けるがゆえに、一方的に受身になることもない。活字を通して自己の知識をもとに想像の世界を自分のペースでアクティブに創り出すことができる。

  本には大きく分けて二つの種類のものがある。一つは、とても読み易い本。読者のレベルを考えてか、内容がきちんと整理され、ストーリーも分かりやすく、表現も平易なもの。もう一つはその反対で、とても読みにくい本。少し目を通しただけではいったい何が書いてあるのか、まったく分からない。そうたやすくは理解することが出来ないものである。読む人のレベルによって、この分け方には差が生じるだろうが。

  どちらの本が良いだろうか。そんなことは分かりきっている。読み易い本に決まっている。本の内容がスウッーと理解できるものが一番良いに決まっている。そう思っていたのだが、果してそうなのか、どうもそればかりではなさそうだ。なるほど読み易い本、分かりやすい本は、書き手の意図に従って読み手が何の引っかかりもなく、おそらく論理的に説得されながら読みすすむのであり、そこには疑問が湧き起こる余地はあまりない。だから本の内容を充分良く理解し、知識を深めるのには最適といえるであろう。しかし時々、書き手の手の平の上で適度に踊らされ、操られているだけなのでは、と思うことがある。

 一方、読みにくい本はどうであろうか。読みにくいというよりは、理解しにくい本といった方が適切かも知れないが、これは書き手が充分に書こうとする本の内容について消化しきれていないままに書いたか、あるいは読み手がその内容を理解するのに充分なほど知識や経験を持っていないせいであろう。どちらにしても読み手としては本の随所で引っかかり、
「何が言いたいのだろう、何を言おうとしているのだろう」
と、ああでもない、こうでもないと考えてしまう。今までの知識や思考のレベルを越えているので、やたらと頭を使うこととなり、大変疲れてしまう。そしてその割には知識として頭の中に残らない。けれどつまずいた分、それだけ疑問が湧き考えることになる。

考えることはいいことだ。考えることにより、そこからオリジナルなものが生まれてくる。創造性の回路が頭の中に出来るというものだ。読み易い本を片手に情報を収集し知識を深め、読みにくい本をもう一つの手に創造性を培う。このバランスこそが読書の極意というものか。読みにくかった本がだんだんとそうでなくなり、知識のレベルが上がっていくと、創造力も強くなる。難しい本はもう一方の手に必ず持つようにしなくてはいけない。