私の中では"帰省"という言葉はすでに死語になっている

帰省

【2002年8月記載】

 今年の夏、例年のように帰省した。帰省をしはじめて30年近くにもなる。最初の頃は、「あぁ、我が家に帰ってきたなぁ」という安堵感と、父や母に甘えられるという期待が入り混じった何とも言えない幸福で満たされていた。しかも、中学校、高等学校時代の友人にも会えるという楽しみや、これから将来に向けて必ずや来るであろう成功譚を胸に抱いて何もかもが明るく輝いていた。それは結婚してからも変わりはなかったし、子どもが生まれてからも何の憂いもなくただ明るい未来を信じて、ひたすら故郷をめざし、それを満喫していた。とにかく時間を見つけてはこの時こそはと遊ぶことに熱中した。日頃都会では出来そうにもないことを求めて、海に山にとリゾート気分で出かけていった。

しかし、最近は少し違ってきた。いつも明るく輝いていた故郷が、だんだん遠くに感じるようになってきた。それはおそらく、父も母も、当然私も歳をとってきたせいであろう。幼かった子どもたちも大きくなり、手はかからなくなってきたのだが、その分、私たち夫婦も体が言う事をきかなくなり、若い頃のようなアクティブさはなくなった。肉体的な衰えは、精神面にも影響を与えるようで、十分動き回れない分、気持ちも萎えてくる。未来はいつの間にか現実となり、夢もその現実に合わせて小さくなる。限られた人生の先も見えてくる。いつまでも故郷に錦を飾る気分では帰り得なくなってきた。

そして何よりも父や母が年老いてしまった。故郷は、甘く懐かしい思い出を求めて、都会の生活で溜まった日頃の疲れを癒すところでは無くなっているのである。父や母も帰省してくる私たち家族を十分にもてなすだけの力は無くなってきている。生活のあちらこちらに老いを感じるし、何とか維持してきたであろうところの、今までの生活環境が果たしていつまで続くのか不安も出てくる。いつも故郷をあとにする時、父と母に再会を約束して別れるのだが、互いに握り締める手と手にも自ずと力が入るようになってきた。いつまでも健康でありさえすればいいのだ。細く長く、小さな事に喜びを見つけて生きていく。

同居している弟夫婦の生活もあり、出来るだけ迷惑をかけないようにと思うと、素直に「ただいま!」とは言えなくなってきた。もう「ただいま」ではなく「おじゃまします」になってしまった。いつまでも在り続けると信じていた故郷が、実はそうではないのだという事実がようやく認識できるようになったのだろう。

やがていつか、故郷は私のところから無くなって、いつか私自身が故郷になっていく。そんな運命にあるのだろう。人生は親から子どもへと引き継いで行くものなのだから。