私たちの生きた記憶が、子孫に引き継がれたら嬉しいのにね
遺伝子
【1998年2月記載】
「言いたい要点は、私たちはいまだかって遊びを真剣に受けとめたことがなかった、ということなのだ。多くの人にとっては、私たち人間の最大の成果は、商業、科学技術、医療、政治、経済といった分野にあると思えるに違いない。が、私にとっては、これらの分野での成功は、二つの目的のうちのひとつに到達するための手段に過ぎない。二つの目的というのは、人間がよりよく生きのびることか、または、よりよい大人の遊びをすることにほかならない」※
私たちは何のために生きるのか。生きていることの意義を見つけようとしたり、あるいは自分自身の存在を確かなものにしたいと思っている。そして、できることなら未来永劫生き続けたいと願っている。もし、私たちの生きる目的が、生きのびることと大人の遊びをすることにあるのなら、後者の大人の遊びをすることについては、意識してそういった方向に自分自身を持っていけば良いのであって、不可能なことではない。問題は前者の生きのびることである。
生きのびるということは、どういうことなのか。今の自分を永続させることである。この自分というものは、肉体と精神から成っていて、そのほとんどは遺伝子からくるものであり、それにプラス今まで生きてきた人生の中で得た少しの経験と思考から成り立つものであろう。ゆえに、自身の遺伝子を残していくことは大切であり、重要なことである。今こうして生きている私は、これこそ私自身だと思い込んでいるのだが、実は祖先が私の姿で生き続けているのであって、すでに私は古くからずうっと生き続けているとも言える。したがって、自分の子どもをつくり、その子どもが生きていける環境を整えておくことが、永遠に生き続ける方法とも言える。見方によっては、今の自分は古くから生き続けてきた自分、すなわち遺伝子の一時的な姿でしかないのであり、そういう意味では私たちはすでに長く生き続けてきたし、これからも生き続けていくであろう。
しかし、やはり今の一時的な自分という個体も長く生き続けたいし、今の自分として経験し、考えてきた事や感情なども不滅であって欲しいと願うのが普通の人間だ。肉体が滅ぶのは避けようが無いことであるが、魂すなわち経験や思考を子孫に伝えていくことは不可能ではない。今の自分が経験したことや考えたことを書き記すなり、話し伝えていきさえすれば良いのである。そのための努力をすれば長生きしたことになるのである。
ところで今の自分が経験し考えたことが、ただそれだけで、すなわち書き記したり話し伝えたりすることなく、子孫に伝えられることが出来ないものだろうか。ひょっとして今の自分には、祖先の人々の経験や考えが刷り込まれているということがありえるのではないか。人が生きていく過程で、その人の遺伝子には全く変化がないのだろうか。遺伝子も成長することはないのだろうか。少しでも良いから今の自分の魂が、遺伝子の中に生き続けて欲しいものである。
10代でできた子どもと40代や50代になってできた子どもには、その親たちが生きた時間の差というものが無いのだろうか。「歳を取ってからできた子どもはできが良い」と俗に言うではないか。ひょっとしてそれが事実であるならば、人生、もっと生き甲斐が出ようというものである。もっと若かったならそのへんを究明したいのだが。
※p.276 舞い上がったサル デズモンド・モリス 飛鳥新社

