目先の損得で商売するのもいいけれど、もっと大事なものがあると思う。この後、私は800万円のリフォームを依頼したのだから...

コロンブスの卵

【2014年9月記載】

この家に住んで30年以上になる。15年くらい前に壁や屋根の塗り替えをした。また5年くらい前には風呂場と洗面所をリニューアルした。築30年にもなると、大抵の家は方方にガタが来るもので、場合によっては建て替えをしなければならないかもしれない。我が家は、妻の日ごろの手入れが良いのか特にこれといった不具合もなく、快適に住むことができているが…。

しかし、一年くらい前から、玄関扉の調子が今ひとつ悪く、最近では扉の開閉時に、“キィー、キュキュ”と大きな軋み音がするようになり、加えて力を入れないと閉まらなくなってしまった。扉は金属製であり、長年の開閉動作により、その重みで歪が出てきたのだろう。蝶番の固定部分をチェックしたり、ダンパーに油をさしてみたりしたけれど、なんともならない。しかしこのままでは、来客があるたびに恥ずかしい思いをしなくてはならない。何とかしなくては…。

玄関扉を替えるとなると、最低でも20万円、もしかしたら50万円は用意しないといけないかもしれない。それだけのことをするには少しばかり決心が要る。

いつもお世話になっている電気屋さんが、住宅設備や水周りの仕事はもちろんのこと、エクステリアも手がけておられるのは知っていたので、とりあえず相談することにした。

おりしも、その電気屋さんから、注文していた商品が入荷したとの連絡が入ったので、ついでに玄関扉の具合を見てほしいと依頼した。すると翌日のお昼には“ピンポーン”と、電気屋さんからの依頼を受けた工事業者が訪ねてきた。年の頃は私と同じような、小柄で髪の毛の少し薄くなった白髪交じりの人の良さそうなおじさんである。

早速どこが悪いのか、入念に点検をし始めた。こんなのちょっと見れば分かるのに…。

「ドアが重みで、傾いたのかな?」
「摺り合っている部分を削ればいいのだろうけれど、金属製なのでむずかしい」

そのうち曲尺を取り出して、扉枠のコーナーの直角度を調べだした。上部のコーナーに歪みはない。しかし下部のコーナーは、明らかに直角ではなかった。原因は何か?よく見ると、底部の枠板が少し浮いている。強く踏みつけると、枠が沈み込む。枠板の下が少し空洞になっている。

「上から叩き付けて、曲げたら良いのでは?」
「うーん、ネジで枠板を土台のコンクリートに押さえつけましょう」

ドリルで枠板に穴を開け、下のコンクリートに貫通させる。ところが適切なネジが見当たらない。おりよく私の工具箱に丁度よい寸法のステンレスネジが一本あったので、それを差し出した。電動ドライバーで強力にねじり込む。グーッと枠板が沈み込む。今度はおじさんの工具箱からネジを見つけ出し、二本追加でねじ込んだ。するとどうだろう、スムースに開閉ができるようになった。全く問題ない。今までの不便さがスカッと解消した。とても気分的に楽になった。

作業はとても簡単だった。ものの10分もかかっただろうか。

「おいくらですか?」
「こんな作業ですから、要りません」
「いやいや、きちんと取って下さい」
「では、3000円頂きましょう」

ここ数ヶ月、この扉の開け閉めには悩まされてきただけに、それが無くなったことに大感謝である。しかもほとんど費用はかからなかった。相当の出費を覚悟していただけに、意外であったし、嬉しくもあった。

作業としては10分くらいであり、出張時間を入れても小一時間程度の拘束と考えれば、3000円は適切なのかもしれない。しかし、これによって私たちが得たものは相当の価値のものであったことを考えると、果たして適切な対価であったと言えるのか。

今回の場合は、作業内容としての価値よりも、不具合の原因を突き止めることがとても重要であり、原因が分かってしまえば、実際の作業は簡単である。原因を突き止めることに価値があった。それは素人にはできはしない。

分かってしまえば何のことはない。しかし分かるまでの過程に価値があるのであって、この無形の価値をどう評価し、見える化できるか。それが適正な対価を得るうえで大切なことである。

今回の場合は、3000円という僅かな対価ではあったが、その分“信用”という手形をもらったといえるのだろうけれど。