目先のことしか考えない...日本人の悪いところだ😞

リフォームとリノベーション

【2017年3月記載】

最近よく目にする言葉にリノベーションがある。いったいリフォームと何が違うのだろうか。言葉の定義としては、リフォームは老朽化した建物を新しい状態に戻すことをいい、壊れていたり汚れたものをきれいにすることで、マイナスをゼロに戻すための機能回復を指す。一方、リノベーションは、既存の建物に大規模な工事を施し、従来よりも性能や機能をアップさせ価値を高め、プラスアルファの状態にする事を言う。

ところで、年初より改装に着手した我が家のキッチンであるが、これはリフォームなのか、リノベーションなのか。今までのユニットキッチン(セクショナルキッチンともいい、流し台、コンロ、調理台と各パーツに分かれているタイプ)が、システムキッチン(ワークトップで一体化され、食洗機、IHCHなどのビルトイン機器が装備されたもの)に変わるので、キッチンとしてのグレードは高くなる。しかし、持っている機能としては同じであるから、リノベーションというにはおこがましい気もする。

妻は、キッチン作業が数段楽になって、使い勝手が良くなったという。作業位置が従来より高くなり腰に負担がかからなくなったし、収納スペースも格段に増えたので、作業スペースが十分に確保できるという。キッチンがきれいになって使いやすくなった。これは機能がアップしたことになる。ということは、リノベーションと言ってもよいのだろう。

昔、初めてヨーロッパに行った時のこと。ちょうどバブルが始まった頃で、およそ25年前のことである。ドイツに住む日本人ガイドがフランクフルト市内を案内しながら、「ここドイツでは、新築はほとんどしなくて、旧来の住宅を自分にあったようにリフォームして住んでいる。新しく住宅を建てる方がコスト的には安くて済むのだけれど、法律的な制限があって簡単には認めてくれない」といったような説明をしてくれたのを思い出す。

当時、この内容にとても違和感を覚えた。新しい建物が機能的にもデザイン的にも優れているはずであり、個人への負担も少ないのに、それを何故拒むのか。分からなかった。それは過去の遺産と将来の負担を見据えての判断であり、街や都市としてのトータル的な住まい環境の保全と美観を考えての施策であった。

その時点での損得や目の前の利便性でしか、ものが見えていなかった自分がそこにあった。それがまた当時の日本人の考え方でもあったのだろう。

リフォームをして何がいいのか分からなかった。リフォームなんて所詮限られた範囲の中でしかできないもので、何ら革新性や創造性といったものが入る余地のないものだと思っていた。しかし、そんなことはなかった。リフォームでなくリノベーションができるのである。最新の技術と住まい方の提案ができれば、くらしは劇的に変化するのである。

今回、我が家のキッチンに投資してとても良かったと思うし、もう少し早くすれば良かったとも感じている。結婚して間もない頃に、この家を建てた。その当時、家というものは2、3回建て直すもので、そうすることによって、自分にあった住まいができると言われていたし、私もそう思っていた。だから、新築する時にはあまり深く考えることはしなかった。間取りや備品、内装など、ほとんどモデル住宅そのものの仕様と同じにした。いずれ建て直すのだから...と。

でもそうは行かなかった。日本全体の高度成長期が終わり、建築ブームが去ったことにもよるが、建物自体が全く悪くならなかった。これは妻のメンテナンスが行き届いていたからではあるが。そして、子どもができて、生活スタイルに変化があっても、その時々のくらし方の工夫で、何とか上手くやってこられた。

今回は、機器が老朽化し、一方で新しい機能を持った商品が出てきたことにより、キッチンを改装するに至ったが、成熟化した社会の中にあっては、リフォーム(リノベーションと言ってもいい)で十分対応できる事を、身を持って体感し、納得することができた。

日本も、欧州のように住まいやくらし方が成熟化しているのである。これからの住まいは、個人レベルの問題からもっと大きく街としてのトータリティやコンセプトをどう構築していくのかが大切になってくるはずである。