生活の足は...? 住む所によってずいぶんと違うものだね
タクシー
【2017年8月記載】
この4月より、群馬県太田市にある支店も、私の業務守備範囲に入ったので、2ヶ月もしくは1ヶ月に一度は、群馬出張をしなくてはいけなくなった。この程度の頻度であれば、適度な気分転換にもなるので、私としてはウエルカムである。
どうせ群馬に行くのなら、途中の東京で時間をつくって話題のスポットを歩いてみたい。と、いつもの習性が出てくる。そこで、今回の出張では、品川にある原美術館を訪ねてみることにした。
ネットで検索してみると、この美術館は、JR品川駅から徒歩で10~15分とある。少し距離はあるが、歩けないことはない。早速歩くことにした。
東京は広い平野のど真ん中にあると思っているのだが、事実、広域写真や街並みの風景写真を見ると、平らな空間がずうっと広がっているように見える。しかし、実際に歩いてみると、結構アップダウンがあったりして、とても平坦とは言えない。今まで美術館めぐりをしていても、六本木、恵比寿、御茶ノ水、上野などは、坂道が多くて歩くのに往生した。今回も、品川から原美術館のある御殿山までは、その名が示すように急な上り坂があり、山を登るがごとくであった。しかもまだ8月の半ばで、暑い。
ようやくのこと、美術館の手前まで登ってきたところで、道路を横断するために、交差点で信号待ちをした。するとどうだろう、一台のタクシーが走ってくると、少しずつ速度を緩め、ゆっくりと近づき、私の前を通り過ぎたところで、停車した。あたかも私がタクシーを止めたごとくに。私の乗車を待っているかのように。30秒くらいは経っただろうか、そのうちに、私にその意思がない事を見極めると、そのタクシーはスウッと去って行った。
「ははーん、私がいかにもビジネスマンであり、この暑さに参っているかのように映ったのかな? だから、乗車するもの勘違いをしたのかな?」「変なタクシーだな」
と、この時は思った。
その後、美術館を見学しての帰路、再び品川駅をめざして歩き出した。やはり外は暑い。先のタクシーが止まろうとした交差点にやってきた。すると、ひとりの女性が道路を走ってくる車に向かって立っている。40才くらいの、白いブラウスに白いパンツでいかにも涼やかで、この酷暑にはピッタリのセンス溢れるファッションである。タクシーを拾おうとしているのか。駅まで歩くには少し距離がある。少し贅沢のようだけれど、当然だろう。
タクシーはすぐに捉まり、Uターンして駅の方へ向かった。私はというと、汗を拭いながら駅へと歩いた。帰路は大通りではなく、住宅街の路地道を選んだ。どうせなら違う道を歩いた方が、変化があって退屈しない。駅に近づいたあたりで、80歳は過ぎているのではないかと思しき老婦人が買い物カートを押して、坂道を下っている。足元があやしい。すぐ目の前はもう品川駅だ。が、この老婦人は交差点に立ち止まったままで、その先に進もうとはしなかった。その瞬間、タクシーが老婦人の前で止まった。彼女はゆっくり車に乗り込むと、そのまま駅を過ぎて、走り去った。
よく注意してあたりを見渡すと、人の動きが少し違う。このあたりは住宅街でも坂道が多いので、当然なのかもしれないが、自転車に乗っている人はいない。いわんや大阪でよく見かけるチャイルドシートの付いた自転車など全くない。歩く人でさえまばらだ。住む世界が違う。ここの住人は、タクシーが足なのではないのか。タクシーは生活の中に溶け込んでいる。タクシーは自転車と一緒なのではないのか。バスに乗るのと同じ感覚なのではないのか。だからあの時、タクシーが私の前で止まったのだ。
東京は違う。まったく住む世界が違う。東京に、庶民は住んでいないのがよく分かった瞬間だった。