決めることが大切。決めてしまえば、物事はどんどん進む...
蒸気機関車
【1994年7月記載】
昭和40年代後半、私が高校へ通っていた頃、時々蒸気機関車に乗り合わせることがあった。もうその頃は蒸気機関車も数が少なくなってきていて、私の育った島根の田舎にしか見られないようになっていた。その点では希少価値があったのではあるが、この蒸気機関車というものはあまり乗り心地が良いものではなかった。島根の山間を走るのに蒸気機関車から出てくる煙はまことに厄介で、トンネルに入るたびに車窓を閉めなければならず、うっかりそれを忘れると煤や煙が車内に入ってきてそこら中が黒っぽくなり、へたをして眼にゴミが入ってしまうことも度々であった。また、座席も変にガッチリし過ぎていて座るには堅苦しかった。そういう面でディーゼル車の方が新しく現代的で乗り易かった。でもその当時から蒸気機関車はSLとして、その力強さや人間臭さと滅びゆくものの美しさと相まって結構人気があった。
しかし、蒸気機関車に限らずディーゼル車や電車もある意味では一緒だと思う。どれもこれも2本のレールの上を走る。あらかじめ決められた道の上を沢山の貨車や客車を引っ張って行く。最初はゆっくりと、そして段々加速していき一度走りだしたら止まらない。ひたすら2本のレールの上を突っ走って行く、沢山の列車を引っ張って..。何だか私の周囲の人たちに似ている。蒸気機関車は年配の技術者で、この道何十年という人で、何かと辛口批判が多く、自分は物事を良く知っていて実績もあるといった自負を持っている人、ちょっと煙たくしばしば疎んざれる存在だ。ディーゼル車や電車にあたるのはバリバリのリーダー的推進役の技術者か..。決められたターゲットに向かって一直線、SLよりは機動性があり周囲に対する害も少ない、結構良く頑張っている。
ここで、最近社内で行われているアイデアコンテストについて述べてみたい。全社で繰り広げられている意識改革と風土改革のイベントであり、全社員参加による新商品アイデアのコンテストである。折しも当研究所はこの秋25周年内覧会を予定しているので、このコンテストをもうまく利用して事業領域や研究開発テリトリーの拡大を社内にアピールしていく予定である。しかしこういった行事になかなか参加しないのが技術者であり、少し他人事のようにかまえて自らをその渦中に投ずることはしない。文化系のノリが無いのである。そのくせ締め切り間近になると周囲からの圧力に屈してか、しぶしぶアイデアを練り、まとめるのである。が、これがどうしたことかとても良くできていて、本当に面白いアイデアや技術的内容の濃いものが沢山出てきて、思わず「凄い!」と感嘆をまじえずにはおられないのである。こんなことなら最初から前向きに意志表示をすればいいのに....。初めから大上段に構えて、成果を出さなければと考えてしまうので自然とノリが悪くなるのだろうか。
先日も研究所25周年記念イベントとして企画している奈良~東京駅伝の練習会として、部課長会主催による"ランニングトライアル"を実施したのであるが、この時も同じ様な現象がおこった。
部課長会でこのトライアル実行委員を決めてやろうとしたのだが、この実行委員6名なかなかトライアルに向けて動こうとしない。何かと後向きの発言なり、手抜きを考えてばかりで話にならない。
「運動公園には走りたい人だけ来たらいい。弁当でも出して1時間くらいしたら解散しよう」
「もちろん、ビールなんか出さない。飲んで事故でも起こされたら大変だ」
などと、正論だけど一向に話が進まない。挙句の果てに、
「会社構内で夏祭りを兼ねて、レクリェーション委員会も駅伝練習会を1ヶ月後に計画しているようだから、部課長会としては賛助金を出して協力という形にした方が、面倒がなくて一番良い。是非この方向で話を進めよう」
などとなり、再度会長の方から今回の主旨を説明してもらい、やっとのことで実現の運びとなった。
ところがである、一旦そう決めて動き出すと止まらない。どんどんエスカレートしていき、部課長会メンバーに加えて、一般社員や家族まで参加対象を広げ、当日は当社の社旗の下、約70名が鴻池運動公園に参加し、いろいろな競技メニューでのトライアルを実施した。もちろんビールは飲み放題で、氷・ジュース・つまみ・弁当も沢山用意し、記念の参加賞や特別賞まであり大いに盛り上がった。それは手の込んだ素晴らしいイベントになったのである。
どうしてもっとスカッーと最初から出来ないのだろう。せっかくこんなに素晴らしい事を実現するだけの力があるのに..、決断が鈍いというか、割り切りがなかなか出来ないというか、非常にもったいないことである。やはり技術者は機関車なのか、動き出すのが遅い。一度走りだしたら馬力もあるし、速いのに..。決められた道を走るのは得意なのだろう。
輸送力にかけては、20世紀半ばまで鉄道はその能力を誇ってきたが、今ではその主体を自動車に奪われてしまった感がある。なにせパワーはあるのだが2本のレール上しか走れないし、機動力に欠ける面がある。技術者もこの鉄道と同じ状態で満足してはいけない。自分の専門と呼ばれるレールの上だけを走ってばかりいては、時代の変化に乗り遅れてしまうし、目的地が変更になった時には、なかなか対応できないで、結局当初の目的地に向けて無駄な努力をしていることにもなりかねない。おまけにそのレールの上でさえ、なかなか発進できないでいる場合もあるのだからこれは戴けない。新幹線のように優れた性能を有しメインの軌道を走る場合、ちょうど最先端の研究をしている大学の先生や公的機関の研究者みたいな人は別だけれども....。
今、私たち民間の技術者に求められるのは、この自動車の様な機動力であり、もっというならトラックの様な強引な足まわりである。目的地は自分で判断し、それに至る行程は自分で選択する。そして何よりもいち早く動き出すことである。修正は幾らでもきくのであり、自己のテリトリーに拘らない柔軟性が必要なのである。それが結局のところ、より良い価値をもたらしてくれると考える。知識は充分にあるのだから、判断さえしっかりしてとにかく実行することだ。このあたりのことをもっと重点的に風土として根付かせなくてはいけないのだろう。