早めにカットをするようになって、気持ちがシャキッとしてきた...本当に効果があると思う

ヘアーカット

【2018年5月記載】

以前、いつも行っている散髪屋さんで、割引券を買ってくれないかと頼まれたので、買ったことがあった。千円券の10枚綴りが八千円なので、二千円のお得になる。ただし、1回のカットで1枚しか使えないし、有効期間が1年間ということであった。だから、ほぼ毎月行かなくてはならない。それまでは、髪の毛が伸びて、耳や襟周りがうるさくなってきた頃に、すなわち1ヶ月半から2ヶ月に1回と言う頻度で通っていたから、少し早めのヘアーカットになる。

髪の毛は長くなっても、見た目にはそんなに変わりはないと思っていたし、1回のカットで五千円程度かかるので、回数はできるだけ抑えたいと考えていた。第一、カットに1時間近くもかかるのは嫌だし、その間に散髪屋さん(スタイリストというのだろうけれど)と会話しなくてはならないのも煩わしかった。散髪屋さんに行くのは好きではないというのが本音だ。

そして、この割引券10枚を使うのには往生した。1年間で使い切るため、二千円お得にしようとするため、カットの日を計画的に決めなければならない。今までとは違って少し早めに、1ヶ月程度の間隔で、カットに行かなくてはいけない。半ば強制的になってしまう。結果的には、この割引券、何の問題もなく使い切った。再度、割引券を勧められたのだが、断った。その煩わしさには閉口したのだから。それに、私は固定客なのだから、お店にとっては、割引券使用という縛りも必要ないはずだ。ただし、カットする頻度のアップという課題は残る。回数を増やすためのツールとしての役割はどうなるのだ…。

この割引券、これそのものには魅力を感じなかったけれど、結果的には思わぬ副産物を私にもたらしてくれた。もちろん、お店にも。今まで気がつかなかったけれど、幼い頃からのイメージで、散髪屋さんは髪を切ってもらうところだということにしか、その目的なり、役割を見出していなかった。ところがどうだろう。散髪屋さんの機能はそれだけではなかった。

私の行きつけのお店は、A:(C)で、エーカッコシーと読む。最近では散髪屋とか床屋とは呼ばずに理容室もしくはメンズサロンなどと言うし、髪を切ってくれる人はスタイリストと呼ぶ。伸びてしまった髪を切るという単純で付加価値の低いものではなく、よりきれいにカッコよく、スマートにするという価値の高いものをめざしている。

頭の中では分かっていたし、スタイリッシュにしあげるという機能があることも認識していた。しかしそれは単にトレンドを追う若い人たちのもので、私たち中高年者、もしくは高齢者には関係のないことだと考えていた。

ところが、この割引券を使っていた期間、髪の毛が伸びきってしまう前に、こまめに散髪、ヘアーカットをしてみて、実感させられることがあった。散髪、ヘアーカットは、若い人たちよりも我々のような歳をとった人たちにとって、とても大切なことなのだと。

髪の毛が伸びると、ヘアースタイルのバランスが崩れて、乱れてしまう。何となくむさくるしくなる前に、散髪をしてきれいにヘアースタイルを整える。これはその人の印象をよく見せるだけでなく、常に身ぎれいでさっぱりとした感じを与えることで、若々しく見せる効果がある。髪の毛のカットはもちろんであるが、シェービング(顔剃り)による手入れは、よりその人の首から上の印象を左右する。まゆ毛、もみ上げ、口ひげをきちんと整えると、同じ顔でも、爽やかなイメージがグーンとアップする。特に、まゆ毛の手入れは、普段できないし、自分でするには高いスキルが要求される。年齢を重ねると、まゆ毛は異常に伸びるもので、結構自然のままにして、とても長いまゆ毛をしている高齢者をみかけるが、いかにも老人じみていいものではない。

髪やまゆ、ひげが伸びてむさくるしくならない内に、きちんとメンテしてきれいさっぱりとした身だしなみを保つこと。これは歳をとるほどに必要なことではないのか。高齢者こそが自分自身をスタイリッシュに保つことが、若い人以上に必要なのではないかと思う。高齢者が社会の第一線で働く世の中なのだから、より強くそう思う。

朝一番、A:(C)に入って、鏡の前に座ると、やや疲れてボーッとしたなんともしまりのない自分がそこにある。しかし、45分後、再び写っている顔は、さっぱりとした、きりっとしたもので、まだまだやれると自分でも納得できるものとなっていた。

早めのヘアーカットは、若さを保つ秘けつといえる。