子どものことは幾つになっても心配なものだ
ふるさとを思う その2 京都 喫茶シアトル
【 1995年7月記載】
その店は京都四条烏丸と五条烏丸の間にあった。地下鉄の五条駅で降りて、北出口から烏丸通りに沿って北へ向かっておよそ5分間歩き、二つ目の交差点を右に曲がると、百メートルほど先に辺りの風景から少し浮かび上がるようにして、小さな看板が色鮮やかにはっきりと見えてくる。シンプルできれいな喫茶店である。
まだ昼までにはいくらか時間があるせいか、お客は二人だけ。意外と静かである。私は奥のカウンターの方へ入って行き、一人アイスコーヒーを頼んだ。店内は20人くらいが入れる広さで、壁にはゲルニカの絵が掛かっていた。雰囲気はまずまずである。マスターは三十半ばの目鼻だちのはっきりしたもの静かな男だ。
しばらくすると先ほどからのお客も出ていき、私一人になってしまった。今日は土曜日、特別何もあてがある訳でもないので、しばらくは此処でゆっくりしようと思い、何とはなしにマスターに話しかけてみた。
この辺りは中小企業を中心とするオフィス街で、朝の出勤前後の一時期や昼休みには食事をとる人が結構やって来るらしい。それに的を絞ってモーニングサービスやランチタイムを設定し、メニューも特化する事により効率的な商売をする様に努めているそうだ。やはりここら辺の中小企業では専用の食堂なんてものがあるわけないだろうし、昼ごはんも弁当やパンを買ってきて済ませてばかりではいられない。しばしの間ではあっても、食事時くらいゆったりと仕事を忘れてくつろぎたくなるのは当り前、そういう時にこういった喫茶店は有難い。人間だれしも食べることは必要不可欠だけれど、一応食べることが確保された状態になれば、自ずとそこには食べる楽しみやゆとりといったものを同時に求めることは必然である。更に欲を言えば、食べることを通して自分の願望例えば痩せたいとか丈夫になりたいとかを実現できれば良いと思っている人は数多いはずだ。ウソでもいいからヤセルランチなどというものを創ってみたらどうだろう。きっと流行るに違いないのだが..。まあ、ここのマスターではちょっとばかし無理だろうけれど。
なんでもこのマスター、この近くの大学を出ているらしい。もともとこういう商売が好きだったらしく、勉学に勤しむことなく学生時代のアルバイトの雰囲気のまま今日に至っているのだそうだ。それもつい最近まで、そのことは親には内緒にして....気楽なもんだ。調子に乗ってカウンターの中にまで入らせて貰った。調理器具はやや古くはなっているが、きちんと整理されきれいに使ってある。清潔だ。きちんとした性格なのだろう。こういう店は安心だ。
そうこうするうちに昼近くになった。私もひとつランチを頼んでみる。注文してから食事が出て来るまでは結構早かったが、出てきたランチはごくありふれたものだった。コロッケやミートボールは当然のごとく冷凍ものであったし、ボリューム的にも決して多いとは思わなかった。値段もランチが550円だから、極めて平均的であった。
食べ終わった頃、急にお客の数が増えてきて、狭い店内はすぐに満杯になった。マスターも私の相手ばかりはしておられない。カレーやピラフそしてランチの準備に大忙しになってきた。私は挨拶もそこそこにして店を出ることにした。
此処から四条河原町までは歩いて15~20分、少し暑いけれど久しぶりの京都だ、ゆっくり京都を味わいながら帰ることにした。
サラリーマンの食を考えながら...
先ほど撮ったマスターとお店の写真を持って、父と母の喜ぶ顔を思い浮かべながら...