今の30代はSDGsの意識が根底にある。未来は明るいはず...
消費とエコロジー
【1997年6月記載】
この日曜日、また大きな買物をしてしまった。予てより欲しいと思っていたし、そろそろ買い換えなければと考えてはいたのだが、どうしても今すぐに買わなければならないものでもなかった。なのに買ってしまった、ソファーとダイニングテーブルセットを。
人は買うこと、すなわち消費することやエネルギーを使うことに、とても心地よいものを感じてしまうらしい。たとえそれが無くては生きていけないというものではなくても、生活必需品ではなくても....。現に、陳列してあるソファーに座ったり、ダイニングテーブルのがたつきを調べてみたり、また家の間取りと家具の色合いや大きさとの調和を考えたりして、ソファーやダイニングテーブルを買うことで、生活がどの様に変わっていくか、どんなに気持ち豊かにそして楽しくなるかを想像しながら、ショッピングを満喫していたのである。もちろん値段も大変気にはなるけれど、それが高いものであればある程、それを購入できるゆとりに満足しながら、気分はハイになっていた。
現代人は消費に弱い。私たちは自らの欲望の趣くままに、我がままに生きている。今のこの瞬間が良ければいいかのように..。メーカーとしてはそれをうまく掴んで消費を煽るがごとく、次から次へと消費欲望満足型商品を生み出していけば、それで売上は伸びて、利益も出る。みんなから喜ばれて大変良いのだが、果して本当にそれでいいのだろうか。確かに今はそれでいいのだが....。
ユーザーは新しいものを求めている。暮しがガラッと変わるようなものを求めている。非日常的な刺激を求めている。生活に必要なものはほとんどそろっているけれど、それで充分心が満たされているわけではない。常に欲望はあとからあとから湧いてくる。ものを造って、売っている者の立場としては、ユーザーにものを欲しくさせることは必要条件である。が、しかし単に機能的に目先を変えてみたり、希少価値的販売戦略をとっても、あるいはステイタス的欲望をくすぐる様なデザインにしても、本質的なものが何も無ければ、所詮それは虚数の世界である。そういう意味で、今売れている消費者の欲望をかきたてているファッショナブルなものに盲目的に追従するのは危険であり、もっと売れていることの本質を見極めることが大切であり、将来に向けての欲望を掴むことが重要だ。
小学4年生の長男が、1年生の次男に向かって言っている。
「おまえなぁ、使ってもいないのに扇風機をつけっ放しで、アホちゃうか」
「そんなことしてたら、何とかいうガスが増えていって、地球の温度が上がり、100年後には海の水が10センチも高くなり、大変なことになるんやで。知らへんのか、駄目なやっちゃなぁ」
ものすごく怒った口調で....。
今までの欲望は、動物としての本能に因るところの消費拡大的なものであった。しかしこれからの欲望は、人は地球を侵食しているガン細胞的存在であり、自らを制御していくことが人類として生き残る唯一の道であるという認識のもとに、そういった認識を満足させていくことが、主たる欲望になっていくのではなかろうか。
実際、最近ではリサイクルを考えての消費行動を知らず知らずにやっているし、大型ゴミの処理にも困ることが多い。ものはたくさんあるよりも、出来るだけ少ない方が気持ち良く生活できるようになってきた。
そういえば今回の衝動買い的なものでも、新たに買い加えるというものではなく、従来使っていたものを買い換えるのであり、子どもの成長に伴いある程度必要に迫られてのものであった。一方わが家の自動車は、もう11年になろうとしており、買い換えたい欲求はあるのだが、金銭的なハードルが高いのが買い換え出来ない第一の理由ではあるけれど、やはり外見上のステイタス的、ファッション的欲求のみで無駄な消費をしてはならないという、地球環境的な思いが抑止力として働いて、買い換えを阻害しているのも事実である。
この様に、これからのユーザーの欲求には否応なしにエコロジーが入ってくるに違いない。それを考えに入れた消費欲求を満たす商品の開発をしなくてはならない。
消費とエコロジー、このトレードオフ的欲求を満たすことが、メーカー最大の課題となるだろう。