どんなに賢い人でも"ゆでガエル"になってしまう、未来は実感できないから...
タバコ屋のおばあちゃんの論理
【2013年1月記載】
昨年の秋に出版された三宅秀道さんの著書「新しい市場のつくりかた」に面白い例えがあった。タバコ屋のおばあちゃんの論理について語ってある。
「昔よりタバコはきらわれていると言うけれども、相変わらずタバコが好きなお客さんはいてくれますよ。ただ、昔より年はとっているけどね」※1
それなりの有意性を築いてきた今までのビジネスモデルが急に無価値になるわけではない。このおばあちゃんは自分と同じ価値観を持つ人のみが見えていて、違う価値観を持ち離れていっている人々は目に入って来ない。変化していく社会において、古い枠組みの中でしか自分を捉えておらず、ただ老いていく。このおばあちゃんのように、そんな姿に私たちはなっているのではなかろうか。
先般、農林水産省の方と意見交換をさせて頂いた。その時、彼からは私の知らない多くの情報をもらった。
「農業就労者の平均年齢は、10年前は60歳でしたが、今は70歳なのです。この間、新たに農業に就いた若者はほとんどいません。今の農業の課題は若い人が農業をしなくなっているということです。何故ならば、農業に従事しても所得が極端に低いからであり、農業における所得向上が一番の課題だと認識しています」
うーん、多分に誇張が入っているとしても、大筋でその通りなのだろう。しかし、これまでの技術革新、グローバル化という大きな環境変化に全くついて行けずに、日本の農業が取り残されているという現実を見ると、そう簡単ではなさそうだ。他の産業と同じように、生産性を上げて、海外展開をはかって、農家1戸当たりの所得を一足飛びに引き上げることは、至難の業である。今はただ、みんな手をこまねいて、農業の衰退していく様を見ているだけである。
農業が廃れていっているということは、みなさん理解している。けれど、今は何とかなっているのだからと、自らのポジションなり、行動を大きく変えようとしない。変えないでも済んでいるという現状に甘んじている。冷静に考えれば、このままあと10年経てば、平均年齢は80歳になる。80歳イコール寿命である。農業に携わっている人はみないなくなることになる。どうするのか。何とかなるでは済まされなくなってしまう。田や畑を耕す人がいなくなって、それこそ食物はほとんどを海外に依存することになる。休耕地も増え、農地は高齢化の進んでいる地方を中心に、放置され荒れてくるに違いない。単なる生産性だけの問題ではなくなってくる。農林水産省のお役人でさえこのような状態だから、なかなか私たちが客観的なものの見方や考察をするのは難しい。まして具体的なアクションとなると、ほとんどできないというのが現実だろう。平均寿命の推移をきちんと理解できていなかった年金問題もこの類ではあろうけれど。
翻って、私たちの事業である白物家電はどうなのか。関係者の間でよく言われることは、
「一番のお得意様は、最高級品を購入してくれている層であり、この商品ゾーンは利益も稼げて当社の事業の柱となっている。この商品ゾーンの購入者はそのほとんどが高齢者であり、このような優良顧客に当社は支えられている。ただし、若い人にはほとんど受け入れてもらえないけれど」
分かっているのである。ゆとりのある昔なじみの高齢者が当社の利益の源泉であると。しかもその人たちはこれから急激に減少していくことも。しかし打つ術がないのか、何ら十分な対策がとられていない。現状、何とか売りが立っていて、利益もそこそこ出ている。これから伸びる事業ではないけれど、かと言って収益が出ていないわけでもない。AVCに比べたらきちんと商売ができている。当社で一番安定している事業ではないか。だから白物家電は当社の柱である。白物家電の行く末を十分考察せずに、社内でも、マスコミでさえも、こんな論調になっている。比較する相手がいけない。AVC事業に比べれば、今の白物は良いに決まっている。
ところで、当社はこの春から4カンパニー制へ移行する。この4つの領域の筆頭に出てくるのが、白物家電カンパニーである。でもこれは少し変だ。成長の見込めない事業分野を何故トップに据えるのだろうか。当社はソリューションやB2Bで成長するのではないのか。環境エネルギー分野に投資するのではなかったのか。そうであれば、必然的に他のカンパニー―になるはずである。市況の雰囲気だけで、現在の事業の好調さだけで、白物家電カンパニーをトップに据えている様ではいけない。そんなふうに思えてならない。事実を客観的に捉えた上で、戦略を打ち出すべきである。タバコ屋のおばあちゃんにならないためにも、私たちには将来があるのだから。
※1 新しい市場のつくりかた P.129 三宅秀道 東洋経済新報社