とことん付き合ってみないと人というのは分からない。最初の印象の悪い人は、意外と誠実な人が多い
合格点を求めるな
【1998年11月記載】
このところ体調があまりよくないので、次男と一緒に遊ぶことはなかった。しかし、先日家の前で一人で遊んでいる彼がチョッピリかわいそうになったので、1時間ばかりいっしょにドッヂボールをして遊んだ。もともと彼は腕力は有ったので、すぐにスピードボールが投げられるようになった。それから数日後、夕ご飯の時、
「ぼく、ドッヂで『□□君、強いなぁ』って、みんなから言われたよ」
とうれしそうに話すではないか。どうやらドッヂボールに関しては自信がついたみたいである。そういえば、この前も校内マラソンで、いつもなら途中でしんどくなって歩き出すのに、『あっ、□□の弟や』って言われて、長距離の得意な長男のイメージを損ないたくなかったのか、そのまま歩けなくなって休まず走ったら、4位になってしまったとか。最近長距離にも自信が出てきたみたいである。
幼い子は、ほめてやったり、得意そうな事を少し手助けしてやると、予想以上に自信を持つみたいである。
MTさんは40歳後半の、パンチパーマをあてて眉は剃っているのか少し薄めで、瞼はいつも腫れぼったく、口数は極度に少なく、いつも何か不満を持っているみたいな表情で、見るからに恐そうな人物で、我が研究室の開発技術者である。
およそ10年前、事業部から研究所に異動してきた。おそらく、頑固なタイプの人物であったから、事業部技術部の中では扱いきれなくなったのであろう。事業部では商品の設計一筋できた、図面引き屋さんである。40歳近くなっての研究開発担当はちょっとしんどいように思えた。実際、当時の開発テーマリーダからは“創造的人材にあらず”といったようなレッテルを貼られたようで、相当落ち込んでいたのか、開発現場でも一人遊離していた。私も「できればこういう人とは、一緒に仕事をするのはごめんだなぁ」と思っていた。
しかし、1年前の組織変更に伴って、MTさんが当研究室にやってきた。それまで面倒を見てきた室長さん曰く、
「MTさんは全く創造力がない。何を任せてもモノにならない。言うことも聞かないし、だめだよ」
私も不安になった。「言うことも聞かない、創造性もない、こんな人に来られたら何一ついいことはない。かえって研究室の雰囲気や和を乱すのみだ。できれば来て欲しくないのものだ」と。そうは言っても、何か仕事をしてもらわなくてはならない。ここは人当たりがよく、とかく人の活用には定評のあるS主席技師に面倒を見てもらうことにした。仕事の内容も、無から何かを生み出すというものではなく、今あるものの改良設計をやってもらうことにした。2、3ヶ月経った頃、S主席技師がいつになく私に愚痴をこぼした。
「MTさんと一緒に仕事をするのはしんどい。まず、仕事をするのが遅い。何かというと、ボーとして煙草を吸いながら、仕事をしているようでもなく、そうかといって休憩しているでもなく、何をしているのか分からない。また近頃は、膝の具合が悪いといってよく休むし、残業もしない。無理がきかない。室内のイベントにもほとんど参加しないし、いつも暗い。当初は設計屋としてすばらしい能力があるのかと思っていたけれど、どうもそうではない見たいだし……」
そんな状況で半年が過ぎた頃、キッチンの昇降式収納機構で、従来からの課題であった、昇降ストローク幅の拡大や、収納面積の拡張を実現する新しい機構を提案してきた。これには驚いてしまった。あのMTさんがこんなすばらしいメカを提案するなんて。仕事の範疇は現行商品の改良レベルではあるけれど、曲がりなりにも業界一の特性を持つ新商品になることは間違いなかった。
以前、研究室のイベントには積極的でなく、したがってそういう世話係は不得意のMTさんに、お花見の世話係をしてもらったことがある。花見が暗く面白くないものになりはしないかと随分心配したのだが、何の事はない、手際よく準備をしてそこそこ楽しい花見をさせてくれたのだ。特別に面白く楽しい企画は無かったけれど。
何かを人にしてもらうとき、その仕事に一番あった人、最良の成果が期待できる人に任せようとする。そうすると平均よりひとつ頭の抜き出た人のところに、仕事でも行事でも集中するようになってしまう。その方が、その時点ではベストの成果が出るからである。しかし、よくよく考えてみると、それでは全体的に見ても時間的な目で見ても、必ずしもいいとは言えないのである。仕事の集中する人はいつも期待されているという気概に満ちて取り組むことができるし、いろいろな経験も積めるので、自ずと能力が向上していく。一方そうでない人はいつも注目される仕事からは蚊帳の外、これでは個人の能力アップなど到底出来るものではない。出来る人とそうでない人との差は開くばかりである。そうすると、総合力として十分強いものになるとは言えなくなる。
我が社に入社してくる人は、その時点では、みな優秀な人ばかりである。全員が全員、100%の力が発揮できないのは、会社という集団組織が自然に人の種類分けをしているからであり、個人の成長を妨げている面があるからだろう。個人の能力にそれほど開きはないのに。
そんなことを考えているのに、今日も相変わらずMTさんは、仕事をしているのかどうか知らないけれど、ぶらぶらしている。ほんとにこれで良いのだろうかとも思ってしまう。