いろいろな桜を見てきたけれど、吉野の桜が一番印象深い!
吉野
【2016年4月記載】
奈良県に住んで38年が経つ。また奈良県は名所旧跡の多いところ。しかし、この38年間で、どれだけの場所を訪れ、どれほどの行事や四季折々の景色を味わったといえるのだろうか。意外と見過ごしたり、注目していなかった場所やイベントがあるものである。
その中のひとつが吉野の桜。いつもこの頃になると必ず話題に上る吉野山である。奈良にあるといっても、奈良市のずっと南に位置していて、電車でも自動車でも2時間以上はかかる道程である。なかなか簡単にいける場所ではない。しかも桜は、この季節、日本のどこでも観ることができるし、結構どこに行ってもそれなりに美しい光景を味わうことができるので、わざわざ吉野まで出かける必要性も感じてはいなかった。
しかし、今年は何となく“吉野”というワードが引っかかって、私も妻も行ってみようかと思い立った。この週末は天候も良い。新聞によると、この土日が一番の見ごろだという。それでも半ば私は面倒臭い気持ちを引きずっていた。が、彼女はとてもアクティブに立ち回った。きちんと下調べをして、お弁当までつくってくれていた。
土曜日の朝、新しく始まった朝ドラを見ることもなく、8時前には家を出た。橿原神宮前で、あべの橋から来た列車に乗り換えたのだが、これがすごい人込みで、通勤時並みに混雑している。立つこと1時間で、ようやく目的地の吉野駅に到着する。ところが山上へ向かうロープウェイにはすでに長い行列が出来ている。が、幸運にも臨時のバスが出ていて、中千本まで行くという。こちらの方が山上深く、より奥まで行くことができそうなので、こちらを選択する。
中千本は今が満開ということなのだが、山桜なのでソメイヨシノのような派手さはない。どこに行けばいいのか何も分からないまま、多くの人が向かう方向へそのままついて行く。どんどん山の奥の方へ。1時間あまり歩くと、上千本のあたりまで来た。人は多いが混雑はしていない。吉野水分神社にお参りし、下千本、中千本、金峯山寺を見下ろす眺めの良い場所で、お弁当を広げた。
山の爽やかな空気と淡い桜の遠景を味わっての食事は格別である。久しく味わったことのないひとときを過ごす。幼い頃の花見と同じであった。近所の小高い山に登って、お母さんにつくってもらったお弁当を広げた時以来の気持ちの良い、美味しいお弁当であった。おにぎりと玉子焼きはやはりご馳走であった。
それから、吉野駅に向かって、上千本から中千本を通って下千本へと、山を下って行ったのであるが、中千本を過ぎたあたりから急に人通りが多くなった。まるで京都の清水寺の参道を歩いているのかと見紛うほどの混雑ぶりである。いかにも観光客相手ですと言わんばかりのどこにでもあるようなお店が建ち並んでいる。せっかくの吉野山が、急にそんじょそこらの観光地に堕ちてしまった。それでも中千本、下千本から見上げる吉野の千本桜はとても眺めのよいもので、多くの人たちが集まるのもうなづける。
ところで、ここ吉野は源義経が一時身を隠したところとして知られており、歌舞伎の義経千本桜の舞台でもある。今回、その地を訪れたことによって、今までの絵空事に思えていた物語がグウッと身近に感じられたのも大きな収穫だった。物語と歴史、史実とその現場、吉野・義経・千本桜というキーワード、それらを身を持って味わったことの面白さ。聞くと見るでは大違いと言うが、体験することによって始めて知識が体の中に入り込んでいくと言う感覚がいい。もっともっと身近に楽しく新しいことはありそうである。奈良の歴史や文化は奥が深い。吉野を準備してくれた妻には感謝である。